17:ファーストインパクト
「……理由、要るかな」
たっぷり見つめ合ったあと、零れたのはそんな言葉だった。彼はその声が届かなかったかのように微動だにしない。
「ううん。言わなきゃ、いけないかな。言葉にしたら――」
頭を微かに左右に振って、自分の言葉を一度打ち消して私は一度そこで眼を伏せた。言おうとした言葉を舌に乗せるのに刹那、躊躇う。それでも、込み上げてくる言葉の方が強かった。
「何か――崩れてしまいそうな気がする」
そう言って視線を上げると、変わらない彼の表情にぶつかった。彼の唇はそこからゆっくりと動く。
「崩したく……ないのか?」
意外な問いかけに一瞬、言葉に……いや、思考に詰まる。私は崩したくないのだろうか? ――いや、何を崩したくないのだろう?
彼にはそれが、わかっているとでも言うのだろうか?
ふっと肩の力を抜いて、考える時間を作り出すために呟く。
「崩したく……ないのかも」
「怖いのか?」
すかさず、といったタイミングで彼の切り返しが心に刺さる。
怖いのか――? 怖いのだろうか。何が? 『何か』が崩れることが。今の絶妙なバランスの上に成り立っている関係が崩れることが。動いてしまうことで始まってしまう何かが?
「あなたは……怖くない?」
見返した瞳が、少し弱々しい光を発していることに私は勿論気づかなかった。だから彼がその眉を痛ましげに寄せた本当の理由にも気づかず、私の問に答えるのを逡巡したのかとだけ、単純に思っていた。
「俺も、怖いよ。怖い。だけど」
だから彼がそう口にしたときもその続きは……言い訳に近いものなのかと思っていた、から。だから私は、準備が出来ていなかった。何にも。
「だけど俺はあんたに、泣いてほしくない、から」
何かが崩れていくような気が、した。