15:タイミング
夕刻のチャイムが待ち遠しかった。お昼を食べ損ねていたけれど、不思議と空腹感はない。とにかく時計の針ばかりを睨んでいた。
いつもと同じ速さで長針は進み、そして何度めかの十二を差す。ずっと待っていたのに何故かびくりと肩を震わせ、そして手早く机の上の書類やらペンやらをざっと引き出しにしまいこむ。
「お先に」
結衣の髪がさらりと私を振り返り、微笑んで口元近くでヒラヒラと手を振った。なづきは……ガーガーと紙を吐き出すコピー機の前で軽く右手を挙げる。
今度はエレベーターに乗る。そしてエントランスを出たら右を選んで。あの桃色の塊に、私、今日ならまっすぐ見つめ返せるかもしれない。通り過ぎる人と同じように 『綺麗だね』って言いながら、見上げて微笑むことが出来るかもしれない。
無意識に小走りになっている。遠目に見える桃色はまだ小さくて、昼間に見下ろしたあの儚いイメージのままだ。
わざと視線を伏せ気味にして、私は公園へと入った。視線のすみにちらちらと桃色が見える。それでもずんずんと進み、人通りの少ない通りへと足を進めた。
私は期待していたのだ。あんな風に儚く見えた桃色はきっと、同じように私を柔らかく包むだろう、と。
上げた視線の先は、変わらない、咲くことに誇りを持った小さな花たちが肩を寄せ合うように私を見下ろしていた。何かが喉に詰まったような息苦しさと一緒に感じる妬ましさと悔しさと、そしてこみ上げる寂寥感に、視線を外せないまま私はじっと見上げて、そして。
まさに涙が零れそうだったその一瞬前に、私の視界で風が揺れた。涙の粒よりも先にはらりと、桃色の破片が、零れた。