14:クレヨン
十二時のチャイムが鳴ったのを、私は意識的に無視していた。
数分堪えて顔を上げると、もう結衣となづきの姿はない。というより、女性社員の姿なんてほとんどない。お弁当を買いに行ってしまっているか、近所の食堂へ走ったか、もしくは給湯室でくだらない噂話をしながらお茶を入れているか、だ。理不尽にも置いていかれたような気がする。
……何にだろう?
本当に感情って嫌だ。あんなに息苦しいと思うあの場所に、私は同時に惹かれてもいたんだということに気付かないわけにいかなくて。わざとそれに気付こうとしなかった自分に嫌気が差す
とりあえず、コンビニに行こう。
エレベータホールでは沢山の人間がくだりエレベータを待っている。その間を縫ってホールを通り抜けると、その先の非常口の扉を押した。外にある非常階段は本当に時々しか使わなかったけれど――思いつかなかった。公園側だったなんて。
風の通る非常階段はピンク色の天井が今度はまるで絨毯のように見える。ここからじゃひとつひとつの花の形はわからない。ただ、ピンク色にぼんやりとその塊が見えるだけ。そうやって見た絨毯は天井として見上げるよりも儚く、息苦しさは感じない。
ああ、私って我侭だ。自分が後ろめたく思わないのであればあの桃色が綺麗だなんて思うのだから。
鉄製の手すりにもたれかかってそれを見下ろしていると、あの天井の下で覚えた息苦しさはどこへやら、仄かに柔らかい感情が沸き起こる。
どうしてだろう。あの、小さな花たちが集まってその呼吸を揃えていそうな雰囲気よりも、どこかファンタジーチックな雰囲気だ。
「子供のお絵描きみたい、ね」
くすり微笑んで独り言を言う。事実、ふんわりと桃色のクレヨンで描かれたようなその景色は心を和ませる。どうしてだろう。
どのくらいそうしていたか、遠くでチャイムの音が聞こえた。