11:ロンリネス
何故涙が零れるんだろう、といささか自分でも不思議な気分で私は黙っていた。彼は何も言わない。その気配が、言葉を探している風だった。
「……ごめん」
微かに聞こえてきたのは謝罪の言葉。その律儀さに私は少し可笑しくなった。
「いいの。ありがとう」
「いや、そうじゃなくて」
首を振ってそう答えると、彼は焦ったように言葉を被せる。それからまた、彼は言葉を探す。
繕う科白は欲しくなかった。だから――彼がどんな言葉を捜しているのか不安だった。出来れば今は何も言って欲しくない、と心の奥で願う私がいる。彼はわかっていてくれたんだ、という自己満足でも良かった。
でも、彼は探した挙句に唇を開いた。
「俺、わかるよ。あんたの気持ち」
慌てた風な彼の言葉をそれ以上続けさせたくなくて、私が制しようと上げかけた声を、彼がフイと掌で止めた。
口を、つぐむ。
「嘘じゃない。あんたに気を遣ってるわけでもない。――だってそうだろ? 俺があんたに気を遣う必要なんてないわけで」
聞きたくなかった。言い訳に似た言葉は要らなかった。言われれば言われるほど淋しい気持ちが暴走しそうになる。
でも、それは彼の所為じゃない。わかることが出来ないのを彼の所為にするのは―間違っている。
「そうね」
淋しい気持ちは細く長い溜息で逃がして、私は呟いた。彼から眼を逸らして灰色がかったピンクの塊へ視線を投げる。
「その通りだわ」
うまく気持ちを堪えることが出来たかどうかわからないけれど……眼を見てその言葉は、言えなかった。
淋しい、と思うのは何故なんだろう。彼が初めてというわけじゃない。というよりも、私をわかってくれる人のほうが少なかった。彼が私をわかってくれなかったからといって、淋しく思うのは間違っている。
彼の声が変わった。焦って探した言葉じゃなくて、感情を表すために言葉を探して。
「わかる、っつーのもオコガマシイかもしれないけど。あの夜、俺、多分あんたと同じ気持ちだった。夜に桜、見上げ――え?」
言葉の途中で私は彼の方へ向き直り、傘を差しかけてくれていた彼の手に、自分の手を触れる。その行動に驚いたように彼が言葉を切り、視線を私にくれて。
――あなたを好ましく思っています――
彼に近づきそしてかかとを上げて、唇に触れた。