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桜色の闇  作者: 香住
10/35

10:レイニーデイ

 ピンク色の塊へと足を進める私の視界に、その傘が最初に見えた。この状況では、ビニール傘以外は似合わないように見える。


 彼が振り向いた。惰性のように見えるその行動の先は、私を見て止まる。


「……どうして、また泣いてる?」


 泣いてる? 

 その言葉を胸の中で繰り返した瞬間、涙粒が零れたのがわかった。私、なんで泣いてるんだろう。何が哀しいんだろう。淋しいんだろう。

 しばしじっと彼を見つめてそんな自問自答をして――それから、ゆっくり頭を左右に振った。泣いている、わけじゃない。なんていうか……


 うまく言葉に出来なくて、私はピンク色の天井を見上げた。灰色がかった空を従えて、どこか重く咲く桜の花。昨日みたいな誇らしげな様子はない。どこか重く、気だるく見える。

 こんな花ならこうして見つめていても辛くないのにな、と妙に納得しかけた私の視界に、ふいに灰色がかったもうひとつのフィルタが差し込まれる。突然の視界の変化に瞬きをしつつ、そのフィルタがビニール傘であることを確認すると、私は彼を見る。


「ありがと」


 そんなに強く降っているわけではないけれど、しっとりと髪は濡れているだろう。

 私は短くお礼を言ってからまた、今度はフィルタ越しにピンクの天井を見上げた。


「居ると思わなかった」

「……俺も」

「そう?」

「ああ。来ると思わなかった」


 これが多分、『普通の会話』っていうやつだろう。二度目でやっと、標準的になった。

 妙に可笑しくて、私はくすりと笑う。


「なんか、変」

「……だな」

「そう思う?」

「ああ」

「変な人」

「……」

「ありがとう」

「何が?」


 答えに詰まってしまう。そんな風に純粋に聞かれたりしたら。

 次の科白を言うまでに、随分と勇気が必要だった。


「わかる、って言ってくれて。嘘でも、嬉しかった」


 嬉しかった。そう、嘘でもだ。真実でなくていい。

 微笑みつつ視線を上げたけれど、また涙が零れるのが今度は自分でもわかった。何のための涙なのか、私にもわからない。


 彼は黙っていた。嘘じゃなかった、って言って欲しかった気がした。――それが嘘でも、良かった。


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