ロロとエレメンティア
エレメンティア·ハーバイド。
この名はイルフェミアの人間なら誰もが知っている。
――さすらいの大魔導。
彼女は人々からこう呼ばれている。
そんな彼女は現在飢餓というピンチ状態に陥っていた。
「うぅーお腹空いたのじゃー。何でもいいから食べたいのに魔獣はおろか草木の一本も生えておらん。あぁ〜大魔導の称号を持つ妾がまさかこの様な最期を迎えようとは。ガクリ」
見た目五歳児の銀髪ツインテール少女は今天国へと旅立とうとしていた。
だが神は見捨てなかった。霞む視線の遠く先に人影が見える。
その人影はだんだんとエレメンティアに近づいてきて、エレメンティアの目の前に着いた所でその足を止める。
「……あのう、大丈夫か?」
エレメンティアはよく見えない人影に向かって最後の力を振り絞る。
「な、何か食べ物〜」
その言葉を聞いた人影もとい十歳頃に見える少年は背負っている布袋から黄色い何かをエレメンティアに差し出す。
「干し芋食うけ?」
差し出された干し芋を紅い瞳を爛々とさせながら無我夢中で頬張るエレメンティア。
次々と布袋から干し芋を取り出しエレメンティアに差し出すくすんだ色の茶髪少年。
その干し芋を次々と口に放り込むエレメンティア。だが、干し芋が喉につまってしまい慌てて少年は「み、水、水」と布袋から取り出そうとするが、右手の平を少年に向け待ったをかける。
そのまま左手の平を自分の口に向ける。次の瞬間左手の平から水が出てくる。
「ゴホッゴホッ。危うく干し芋で窒息死する所じゃった。ふぅー、なんとか生き返ったわい。少年よ、干し芋ごちそうさんじゃった。礼を言うぞい」
くすんだ茶髪と同じ色の瞳をしたソバカスが特徴の少年はエレメンティアが水を出した事に驚いていた。
「おめさん、もしかして魔術師様かい!?」
「うむ、そうじゃが」
「ほぇ〜、魔術師様なんて初めて見たぞ!」
「今のご時世魔術師なんかそう珍しいものでもないと思うぞい?」
「とんでもねぇ、オラの村には魔術師様に会った事ある奴なんて村長ぐれぇだぞ」
「そうなのか? 今時珍しい村だのう。ふむ、お主の村はこの近くなのかの? 妾に出来る事なら何か恩返しがしたいのじゃが」
「本当け!? 実はちょうど魔術師様を探しに行こうとしてた所だ。すぐ近くだからぜひ村に来てけろ!」
「何か困り事のようじゃの。ならば早速向かうとしよう。お主名は?」
「オラか? オラはロロ」
「ロロか。妾はエレメンティアじゃ。ティアと読んでくれ」
「わかった、ティア様。村はこっちだ、着いてきてけろ」
◆◆◆
――三日後。
エレメンティアはヘトヘトになりながらもロロの村になんとか着いた。
そんなエレメンティアと違いロロはまだまだ元気だ。
「お主何が近くじゃっ! かなり遠くではないか!!」
「何を言ってるだ、こんなに近くなのに。ティア様は大げさだなぁ」
「三日かかる距離は近くとは言わん!!」
「そんな事より村に入ってけろ」
文句を言いながらもロロについていくと村の入り口には門番がいる。
「ロロ早かったな。その女の子はどうした?」
「この方は魔術師様だけろ。村長に紹介しに行くから通してけろ」
「この子が魔術師? ふーむ信じられないがわかった、通ってくれ」
「いやいや、通すんかいっ!!」
エレメンティアは門番の緩さに思わず突っ込む。
今まで色んな国々の町や村を旅してきたが、どの町や村も大魔導師の証であるミスリルでできた六芒星のネックレスを見せるまで懐疑的だった。
なのにこの緩さである。
「流石辺境の村という所かの」
気が向くまま旅をして来たが、まさか草木の一本も生えていない荒野の果てに村があるとは思っていなかったエレメンティア。
「こっちだべ、ティア様」
ロロに案内されながらも村の様子を見るとあちらこちらに芋畑が見える。
この様な苛酷な大地でも芋は根付く。だからロロの布袋には干し芋ばかりだったのかと納得がいく。
しかし、芋の葉をよく見るとなんだか萎れて見える。
周囲を観察しているうちに村の中では一際大きい家に着いた。
ロロはノックもせずに家の扉を開け入っていく。
「村長! 魔術師様連れてきたぞ!」
エレメンティアがロロについていき中に入ると掘りごたつの様なテーブルで茶をすする皺皺の老人がいた。
「ほぇ? 随分戻ってくるのが早かったの。で魔術師様は何処じゃ?」
「こちらにおわすじゃねえか」
ロロが手を向ける先には五歳児にしか見えない銀髪紅眼のツインテール少女。
「······お嬢ちゃん干し芋食べるべさ?」
「貰うけども、スルーするな! 妾が魔術師じゃ」
「ほぉ、最近のチミっ子は凄いんじゃのう」
「チミっ子言うなっ! これでもお主より長生きしとるわっ!!」
「おぉ、それは失礼しましたなぁ。実は魔術師様にお願いがありましてな」
「ああ、何か困っとるんじゃろ? 妾に出来る事ならやってやるぞ?」
「真ですか!? それならば見てもらった方が早いかもしれませぬ。付いてきてくだされ」
村長はヨロヨロしながら杖をつき外に出ていく。
エレメンティアはもらった干し芋を食べながら村長に付いていくと村の真ん中で足を止める。
そこには井戸があった。
「井戸の中を見てくだされ」
村長に言われた通りに井戸の中を覗いてみるとすぐに村の悩みがわかった。
「水位が低いのう。この井戸は枯れかかっているのじゃな?」
「はい、その通りですじゃ。この井戸は儂がまだ幼かった時に灰色のフードを被った魔術師様に掘って頂いたのですじゃ。ですが、最近は水の出が悪くこのままでは井戸が枯れてしまうと思い、村で一番体力のあるロロに魔術師様を連れてくるようにお願いしたのですじゃ」
「うむ、少しこの井戸の水の気を探らしてもらうぞい。アクアサーチ!!」
エレメンティアから青いオーラが立ち上り、そのオーラは井戸の奥に向かっていく。
しばらく目を閉じ何かを探っている様に見えたが、静かに目を開け首を横に振る。
「やはりこの井戸は駄目じゃな。水脈が枯れかかっておる。保って一週間と言った所じゃの」
それを聞いて村長とロロは俯いてしまう。
「そうガッカリしなさんな。新しい水脈見つけて新しく井戸を作ればいいだけじゃ。テラアクアサーチ!!」
エレメンティアは乾いた大地に手を置き、村全体を先程の青いオーラで覆う。
「······ふむ···ふむふむ。ここから左に百メートル進んだ所に中々大きい水脈があるぞ。むっ、ここから右斜め下百五十メートル先に温泉が湧き出るポイントがあるぞい」
「温泉?」
ロロが首を傾げる。
「温泉というのは温かいお湯じゃ。裸で入ると気持ちいいぞ」
「気持ちいいのけ? それなら入ってみたいべ」
「妾も温泉には入りたいが、先に井戸の方を解決するとしよう」
エレメンティアは左に向かい百歩程歩いた所で足を止める。
「母なる大地よ、恵みの大地よ我が意に応えよ! アースクリエイト!!」
地面に両手を置き呪文を唱えると、手を置いてる地面が丸く陥没していき、数十秒で井戸が出来上がった。その井戸からは早くも水が出てくる。
「なんとっ!? もう井戸が出来たのですか!? 八十年前に井戸を作ってくれた魔術師様は一週間程かかっていましたぞい」
「ふふっ、妾をそこらの魔術師と一緒にするでない。妾は世界に三人しかいない大魔導師じゃからな、この程度朝飯前よ!」
「ま、まさか大魔導師様だったのですかっ!? これは大変失礼を。しかし、大魔導師様のおかげで村の危機は瞬く間に解決しましたのじゃ。本当にありがとうございました!!」
村長は感動し涙を流しながらエレメンティアに感謝を伝える。
「よいよい。これはロロに命を助けてもらった礼じゃ。この水脈なら三百年ぐらいなら枯れんじゃろ。あとは温泉を作るだけじゃな」
エレメンティアは温泉が湧き出るであろうポイントに行き、先程使ったアースクリエイトの魔法で温泉を瞬く間に掘り当てる。地面からはお湯が溢れ出ている。
そのままアースクリエイトで岩風呂を作れば源泉掛け流しの露天風呂の完成である。
「ふう、こんなもんかのう。どうじゃ中々の露天風呂じゃろ?」
「素晴らしいですじゃあ! この年になって温泉に入れるとは感激ですじゃ!!」
村長はかなり感動しているが、ロロはエレメンティアが新しく井戸を作った頃から静かになっていた。
「んっ? ロロよどうしたのじゃ? もしかして妾の魔法が凄すぎて声も出らんか?」
「······オラも、オラも魔法が使いたいずら。ティア様、オラもあんな凄い魔法を使いたいずら」
「ふむ、魔法に興味を持ったのか。まぁ、お主は命の恩人じゃし、教えてやらん事もない」
「本当け!?」
「ああ、じゃが、先に何か食べさせてくれんかの? もうお腹ペコペコじゃ」
「わかった、すぐに食事にすっから」
「うむ、じゃあロロが食事を作っている間に風呂といこうかの」
ロロは料理をしに自宅へ、エレメンティアは露天風呂に直行。
エレメンティアは旅の疲れを温泉で癒やしてロロの家に向かう。
その頃にはロロの料理も出来上がっていた。
「さぁ自慢の芋達を使った芋汁だべ。食ってけろ」
ジャガイモやサツマイモや里芋を使った芋汁がエレメンティアの前によそわれる。
「うーむ、また芋か。芋は嫌いではないが、こうも続くとのう」
と言いながらも何杯もおかわりするエレメンティア。
「ふー、食った食った。ところでこの家にはお主だけで暮らしとるのか?」
腹を擦りながら聞くエレメンティア。
「んだ。両親はオラが物心つく前に病気で亡くなったらしいべ。それから村長や村の皆が親代わりになってくれて今に至るべさ」
「ふむ、いい村なんじゃのう」
「んだ、オラこのバスク村が大好きだ」
とびきりの笑顔で村の事を語るロロをエレメンティアは気に入っていた。
だからだろう。弟子をあまり取りたがらない彼女が魔法を教えると決めたのは。
「さて、飯も食った事だし、約束通り魔法を教えてやるかの」
その言葉にロロは目を輝かせる。
「その前にまずは適正属性を知るところからじゃな」
「適正属性?」
「魔法には火、水、風、土、雷、光、闇、無属性の八属性の魔法がある。それは人によって使える属性使えない属性があるのじゃが、それをまず知る必要がある」
エレメンティアはゴソゴソと服のポケットからビー玉サイズの水晶を取り出す。
「これは何だ?」
「これはこう使う」
エレメンティアが自分の右手の平に水晶を乗せると、赤や青、緑、黄、茶、白、黒色に水晶が点滅する。
「おお、凄い光ってるぞ!?」
「今七色に光ったじゃろ? 赤は火、青は水、緑は風、黄は雷、茶は土、白は光、黒は闇の属性の適正を表しとる。無属性は努力すれば誰でも使えるようになるから、妾が使える属性は八属性じゃな」
「おお、全部使えるのけ。凄えなティア様は」
「うむ、まぁな。ほれお主もしてみい」
エレメンティアはビー玉水晶をロロに向かって放り投げる。
「おっと、これを手の平に乗せれば良いんだな?」
しばらく乗せてみるが何も起こらない。
「あれ? 光らねぇぞ?」
「魔力を込めてないからじゃな」
「魔力?」
「魔法を使う為のエネルギーじゃ。お腹の少し下辺りに温かいエネルギーが有るのをイメージしてそこから手に向かってエネルギーを送る感じじゃ」
「おう、それならわかるべ。お腹の下さ力入れると畑を耕したり、大きい岩を動かす時に凄い力が出るべさ」
「ほう、面白い。それはおそらく身体強化の無属性魔法を知らず知らずに使っておったみたいじゃの。その時の感覚を思い出して水晶玉に魔力を流してみい」
「お腹の下さ力入れて、魔力を水晶玉に向かって送る」
「ぬっ、これはっ!?」
次の瞬間、水晶玉が茶色に激しく光る。
「うおっ、眩しい! で、でも光ったぞ」
「ああ、光ったの。それにしても随分多く魔力を込めたみたいじゃの。身体に倦怠感はないかの?」
「? 特に疲れてねえよ」
「ほう、中々多く魔力量を持っているみたいじゃの。それと、水晶玉は茶色にしか光らなかったからお主が使える魔術は土属性と無属性魔法じゃな」
それを聞いてロロはしょげる。
「オラは一色しか光らせる事が出来なかっただ」
「そうしょげるな。八属性使えるのが異常なだけじゃ。魔術師の中には無属性魔法しか使えん者もおる。土属性だけでも十分な才能じゃ」
「本当け? ならティナ様が見せてくれた井戸や温泉を作る魔法も使えるけ?」
「うむ、あれは土魔法じゃからな。使えるぞい」
「おお、早く教えてけろ」
ロロは目を爛々とさせて催促する。
だがもう夜も遅い。エレメンティアは大きくアクビをする。
「そろそろ眠くなったし、続きは明日じゃ」
「う〜、待ち遠しいべ」
ロロはすぐに教えてもらいたいのを我慢して布団を敷く。
「ああ、明日が楽しみだなぁ。ティナ様お休みなさい」
「うむ、お休みなのじゃ」
ロロは部屋の明かりのランタンを消して布団に入るとすぐにイビキをかき始める。流石に疲れていたのだろう。
そんなロロと違いエレメンティアはある事を考えていてまだ寝ていなかった。
(簡単な魔法をいくつか教えたら去るつもりじゃったが、あの底知れぬ魔力量に知らず知らずのうちに無属性魔法を使うセンス。エアリア以上に面白い逸材かもしれぬ。腕が鳴るわ!)
◆◆◆
ロロが見せた才能の片鱗に唯一の弟子を重ねワクワクするエレメンティア。彼女はこれから二年間、ロロに魔法のみならず文字の読み書きも教える事になった。
ロロは物覚えが良く、あっという間に文字の読み書きをマスターし、魔法においても、大魔導師エレメンティアを唸らせる程成長した。だが、一人で魔法を教えても限界を感じてきたエレメンティアは競う相手がロロには必要だと思い至る。
そこで一番弟子のエアリアがある理由からアルステラ王国にあるアルステラ魔術学院の学長になると言っていたのを思い出す。
一筆手紙を書き、フクロウの使い魔を召喚し、手紙をエアリアの元へと出した。
同時に一筆書いた手紙をロロにも持たせて、イルフェミア東大陸のアルステラ王国にあるアルステラ魔術学院の学長にこの手紙を渡しに行くように伝える。
そしてロロとエレメンティアは二年間の師弟生活を終えて別れた。
エレメンティアは再び世界をさすらう旅に出て、ロロは師匠からの言いつけを守ってアルステラ王国を目指す。
◆◆◆
――三ヶ月後。
ロロはやっとアルステラ王国王都アルステラに着いた。
田舎者のロロは都会の喧騒に驚きつつワクワクしていた。
何か楽しい事が起きる予感を感じている。
ロロは王都の町並みに目移りしながらも預かった手紙をアルステラ魔術学院の学長に届ける為先を急ぐ。
運命の出会いまであと少し。
この出会いがいろんな人間の未来を変えていく事になる。
読んで頂きありがとうございました。