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閑話:ジョラス・トラッド

 あれだけ痛めつければすぐに追って来られないはずだ。

 もうすぐで地下通路に繋がる道に出る。そこまで行けばアジトまでのどこかで泥ネズミの誰かが拾ってくれるはずだ。

 ああ。だがいつもの顔ぶれの連中は酒場で伸びていたのだった。

 あの役立たず共め、あんなガキにあっさりやられやがって。

 突然、ぐらり、と視界が歪み、猛烈な吐き気と寒気に襲われた。

―――まさか。

「くそ、くそ! あのガキ共!」

 矢に毒まで仕込んでやがった!

―――間違いねえ、あの塔から俺を射抜いた奴は、ガキだった。

 だが、躊躇うことも失敗も恐れない、腕前は百戦錬磨の弓兵のそれだった。

 腹の底からこみ上げる熱をジョラスは笑い飛ばした。

「やってくれるじゃねえか、女王様よお! あのガキ共、今度は俺の手でぐちゃぐちゃに引き裂いてやる! 鼻を削いで、顎を割って、(はらわた)を王都で一番目立つところに飾り付けてやる!」

 ありったけの力で叫んだせいか、息が詰まり、周りの音が遠のいていく。

「ああ、ここでしたか」

 現れた一つの影。声色はいつも調子で柔らかい。視界がぼやけて見えないが、よく知る青年であることに違いはない。顔を目深に隠すローブを身に纏うのはいつものことだ。

「———サンディか。よくここが分かったな」

「笑い声がしたものですから」

 腹の底が読めない奴だが、今日はいつも以上に落ち着いているのが不自然だ。

「あなたに一つ謝らなければならないことがありまして」

「そんなことはどうだっていい! 早く俺を医者のところへ連れていけ!」

「いいえ、今でなくてはいけないんです。私は人を殺す時、心底嫌がるフリをしていました。ですが本当は、少し楽しいという気持ちがあったんです。優越感、というのでしょうか」

 この青年がここまで歪んだのは俺たちの影響だろうか。


「そんなことかよ。とっくに知っていたさ。あんたは元々そういう奴だったってな。そうじゃなきゃ、泥ネズミに何か入らないだろうさ。復讐を通り越して、あんたは狂っちまったんだよ!」

「狂ったのはあなたの方でしょう。まあ、私自身が変わったことは認めますが………。ああ、この足音は騎士団ですね」

 サンディは悠長に耳を澄ませて辺りの様子を伺っている。

「何してる、早くしろ! 早く俺を連れていけ!」

 ぼやけた視界に映る優男の顔が笑ったように見えた。その笑顔が安堵の表情だと分かるのにジョラスはすぐに気が付かなった。

「時間がありません。私は私の用事を済ませなくては」

「だからさっさと俺を運べって言ってるんだろうが!」

 サンディは首を傾げた。そしてジョラスは自分の言っている意味がまだ理解していないと分かり、花で笑った。

「あなたを担いで逃げても追いつかれるでしょう。あなたは目立ち過ぎた。あの方も今回ばかりは見逃せない」

 ジョラスの目にはっきりとそれが映った。銀色に光るしなやかなそれは、大人でさえも振り下ろすことなど難しい処刑に使われる大剣だ。普段まともに剣を振るわないのは、非力なフリをしていたのか。

いや、それよりもどこに隠し持って何故、今奴がそれを用意していたのか。理由は明白だ。

 このこみ上がる感情は一体何だ! 歓喜か狂気か。

「は、あはははは! そうだったな。あんたはそういう奴だった! そうだそうだ、俺の方が忘れていたぜ! あんたは目的を成すためなら―――」

 ジョラスの脳裏に澄んだ青空のアイギアロスの丘が過った。

「———さようなら、ジョラス・トラッド。あなたの意志は私が必ず受け継ぎます」


 ジョラス・トラッド。

 彼は先王ギルガラスの粛清の憂き目に合った一人であった。

 長年仕えていた主君に見放され、処刑日前日に逃亡。騎士の称号を剥奪された。

 以降、騎士の称号に執着したジョラスは、各地を転々としながら傭兵に紛れ込み、いつしか剣の納め方を忘れた。

 それを知ったのは、この事件の全てが収束した後のことだった。



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