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閑話:大司祭の部屋


 シリウスとリャン、カルマ、ヴェロスは使者の洞穴(ホエール)へと足を運んだ。

 サザーダ人であるヴェロス、そしてラノメノ教を主たる宗教とする紫の国の出身であるカルマを同行させることを、本人たちは遠慮したいと言ったが、それが理解できないシリウスは半ば無理矢理同行させた。また、忘れられた者(インドーレ)と蔑まれる黒の国(アンシュー)も神殿に踏み入ることは歓迎されることではなかった。

 神殿の作法や常識をシリウスは知らなかったわけではないが、それ事態が彼女には理解できない。無論、女王が突然現れたことにもシスターたちは動揺していたが、それ以上に彼らが女王の後ろにいたことに小さく悲鳴を上げる者さえいた。

 血相を変えた司祭のシャルルが事情を聞き、件の大司祭の部屋へとすぐに案内することになった。柱の影で囁くシスターたちの視線を、リャンは鼻で笑った。

「想像以上の嫌われぶりだな、我々は」

 リャンはわざとらしくシスターたちのいる方へと煙を吐き、シリウスはすぐにそれを咎めた。

「煙をここで吸うな」

「寝不足にはこれが一番効く」

 先ほどからもじもじと落ち着かないカルマは耐えきれず、ヴェロスの裾を引っ張った。

「ねえ、何かさっきから指がピリピリするよ」

「不可侵の結界か。歓迎されない者を選別しているんだろう。煙はその力の影響を受けないためか、リャン卿」

 リャンは満足そうににたりと笑みを浮かべた。

「いい目だ、ヴェロス卿。曰く、神聖なる神殿に不純なる者は侵すべからず。女神グラシアールは寛容らしいがその信徒はそうではないらしい。結界の強さも総本山たるグラシアール神殿はここの比ではないだろう。爪先一つでも入れば―――」

 ぼんっと、リャンはカルマの目の前で手先を広げて爆発する動作をした。

「ええ!」

 カルマがひっくり返りそうになったところを、ヴェロスが襟首を捕まえて支えた。

「子どもをからかうな」

「子どもをからかうのは大人の特権だ」

「え、嘘なの? どっちなの? 僕、爆発しちゃうの?」

 カルマはリャンの吐いた煙を逃がさないようにと両手で捕まえてしばらく離さなかった。

「………」

 軽口を叩いているが、リャンの表情にはどこか疲弊の色が見えた。

「———疲れているな」

 シリウスは声色を変えずにリャンに労いの言葉を投げた。

「気にすることはない。臣下をこき使うのは、女王の特権だ」

 大司祭の死をまだ公にしていないため、限られた司祭とシスターだけが普段の白のローブではなく、喪服を着ることを許されていた。聖職者が何者かに暗殺されたとあっては神殿としても体裁が良くないのだろう。シリウスは司祭たちに緘口令を敷く意味でも訪れたのだが、すでに彼らも立場という者を理解していた。

 死者が女神の元に召した後、新たな大司祭を選ぶ必要があり、司祭たちにはその段取りが悩みの種でもあるようだった。

 大司祭の部屋の前にはリゲルが施した魔術があったが、それをリャンは自分の部屋の鍵を開けるように難なく解いた。

「ほう。不可侵の魔術か。流石にあの神童にここまでの魔力があるとは思えんが。アリスタ卿に助力をもらったと見えるな」

「ええ? アリスタが?」

 カルマにしては珍しく疑った。そういう反応になるのも無理はない。魔術師は元来、血縁や素質もあるが、性分も大いに関係する。剣術とは異なる意味での修練や知識欲、探求心が求められるのだ。

「ああ。奴は魔力だけは十二分に備わっている。しかし残念ながら魔術師としての素養は全くと言っていい程にないがな。魔力だけで言えば女王にも引けを取るまい」

「チャービル家が魔術に精通しているという話は聞いたことがないが」

「親が魔術師でも子の魔力が高いとは限らない。逆に親に魔力がなくともその祖先に魔術師がいれば覚醒することもある。まあ、ごく稀な話だがな」

 アリスタはそれに当てはまるのではないか、というのがリャンの推測だった。

「あ、だからフィオーレが飛ばしたのがアリスタにぶつかったんだね!」

「名答だ、カルマ。あの白烏(ゼネロ)も計算違いはするということだ」

 大司祭の部屋は質素でありながら、家具は上等なもので揃えられていた。神殿の責任者の一人の部屋ともなると、中々に豪勢である。

 人払いをし、大司祭の部屋の部屋にはシリウスたちだけとなった。

 部屋の中心の転がる老体。大司祭カールハインツの遺体が死んだ時のままだ。

 目すら見開いたままにしており、良く言えば保存維持をしているのだが、悪く言えば無慈悲とも思えた。

 一応死者への祈りのために指を組んだシリウス以外は皆、宗教が異なるためシリウスの行動に首を傾げた。

 リャンは臆せずカールハインツの目を、口を、ニオイや様子を観察し答えを出した。

「さて、確かにこれは毒殺だな。より深く調べれば毒も特定できるだろうが、それをここの司祭たちを納得させることはできるのか?」

 女王の手腕が試されるところだが、シリウスは首を横に振った。

「いや、大司祭はこのまま弔うことにする。葬儀の手配も進めよう」

「ほう。ならば、首謀者の思惑に乗る、ということか?」

「そうじゃない。私はただ、これ以上調べても何も意味のある物は出てこないと思っただけだ。毒殺と分かっただけでも十分だろう。問題は何故、大司祭が殺されなければならなかったのかということだ」

「まあ、俺としては検死しても構わんが、聖職者を切り刻んだ状態で弔うわけにも行くまい。女中の時はもう原型をとどめていなかったからな」

 部屋を物色していたヴェロスは何かを見つけたようである。寝台の下に転がった水差しを拾った。

「口封じか」

「妥当だな。だがこうも大物を殺すとは、余程隠したい秘密でも共有していたのか。女王に対する嫌がらせにしては、少々役不足だな」

 もしここにテオがいれば、女性が見る光景ではないとか、不謹慎だとか色々と咎めていただろう。

「ねえ、リャン。もしかして、風呂場にいた蛇と同じじゃないかな」

「いい着眼点だな、カルマ。しかしここの部屋にはその気配はない」

「自殺、ということはないだろうな」

「俺が自死を選ぶならば首を掻きむしるような毒は使わん。ヴェロス卿の推測通り、水差しに流し込まれていたと見るべきだろう。常套だが、一番賢いやり方だ」

「それで? どうする。仮に殺されたのなら、手掛かりは見つけておくべきだ」

 ヴェロスの提案に、シリウスも同意した。

「そうだな」

 死者の部屋を荒らすことはしたくはないものだが、フィオーレからの警告があまりにも気になる。つまり彼はアイギアロスでカールハインツに繋がる何かを知ったのだろう。

 今や手遅れだが、仕方ない。

 部屋には地下に繋がる扉があった。貴族の屋敷には外へと通じる抜け道があるため、珍しいことではない。施錠してある扉をヴェロスが破壊した。その地下へと続く階段には埃もなく、まだ真新しい蝋燭の痕跡がある。逃走通路にしては日常的に使われていることが分かった。

 そこから先はカルマに見せることは出来なかった。


 *


 表情を普段変えることのないヴェロスが顔をひきつらせたまま、何事にも皮肉の言葉を吐くリャンが黙ったまま、疲労が積み重なった表情をした。強気なシリウスも、血の気が引いて暫くは困惑して、そんな三人を見てカルマは心配するしかなく、その紫色の瞳は潤み、今にも泣きそうになりそうだった。

「———やっぱり、良くないものがいたんだ。リャンの煙もっと浴びれば」

 的外れなカルマの回答に、一同は安堵のため息を漏らした。

 しかし、リャンとヴェロスからすれば、シリウスが地下室にあったものを見てもほんの少し動揺した程度で済んでいることが驚きだった。

 良くも悪くもこれ以上調べる気が失せたシリウスは、一刻も早く城に戻りたいと口にした。それが面白くないのか、それとも調子を取り戻したのか、いつも皮肉の言葉を口にした。

「世間から見れば女王も奴と同じだ。身分の高い男たちを侍らせていることに、変わりはあるまい」

 城では女中や侍女、神殿ではシスターたちが七星卿を連れ立っているシリウスのことを何と囁いているのか、知らないわけではなかった。

 彼女たちは幼い女王は気が付いていないだろうと思っているが、シリウスは知っていて、ただあどけない少女を装い、知らないフリをしてきた。散々、オスカーに忠告されてきたことだが、目の当たりにして耳にすれば不愉快に感じるものだ。

 何が神聖なる神の信徒なのだろう。救いを求める神殿で何故こんなにも気分を害さなくてはならないのか。

―――フェーリーンの男を集めて、囲って。淫乱は幼い頃から育つものね。

―――いくら先王の誓約だからって、あんなに自慢げに連れて歩いて。

 陰口に慣れることなどないが、気分がいいものではない。

「まあ、王が側室を娶るのと変わらんか」

「お前、私を馬鹿にしているのか?」

「揶揄い甲斐がある小娘だとは思っている」

「…………」

 人の目がなければ蹴り上げていたところだ。出来ないと分かってニヤニヤとリャンは愉快な笑みを浮かべている。

「ぼ、僕は陛下のこと『そんけい』していますよ!」

「………」

 シリウスは無言でカルマを見つめ、かがんでぎゅっと抱きしめた。

「え? ええ?」

 カルマは困惑したまま固まった。

「羨ましいか? ヴェロス卿」

「————別に」


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