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第79話 三色旗のリベンジ(7)


 弦の音が風に消え、街角の路地の更に奥へと逃げ込むネズミの気配を塔の上から追った。

―――両足に当たれば十分か。

 後で文句を言いたいことは山ほどあるが、

 奴の度胸と気概に免じて呑み込んでやることにしよう。

 街角ごと狩場に変えるとは、奴も予想してはいなかったのだろう。

 こんな荒唐無稽なこと、俺には真似はできない。

 貴賤を棚に上げても、教養のない人間は何をどうするか読めたものではない。一時的に全員身を隠せと言われても、言うことをきく義理もないし、三歩歩けば忘れる。まして子どもにも言い聞かせるなど無理な話だ。

 町民は貴族を恨みこそすれ、条件なしに協力などするはずがない。

 俺たちから見れば、町民は貴族を妬み、身近で手頃な傭兵に心酔する節がある故、泥ネズミの味方に近い存在だ。

 だがアリスタは、彼らを信頼し、信頼するための基盤を築いていた。七星卿で町民に頭を下げる奴などいるだろうか。

 賭けに勝ったことを条件にしても、快く引き受けるなんて町民もどうかしている。

 半信半疑で付き合ったが、こうもうまくいくとは。

 常人には見えない風の階段を下り、ふわりと地上に降り立ったリゲルの元に慌ただしくオスカーが駆け寄った。

「リゲル!」

「———ここでその名前で叫ぶな」

「ご、ごめん。つい」

 素性を隠すためにとボロボロのローブを身にまとってもリゲルのオーラは失われない。とある国を命からがら逃げてきた美姫のようにも見える凛とした佇まいだ。

 塔から宙へ飛び降りた姿を見た時には、本当にそう見えて、オスカーは開いた口がしばらく塞がらなかった。

「おい、聞いているのか? 何をぼうっとしている」

 心を見透かされたと思い、オスカーは思わず飛び上がった。

「ご、ごめん」

 酒場ですれ違ったジョラスに追跡用の魔術印を貼り付けることがオスカーの役目の一つだった。その印目がけてリゲルが矢を放ち、追跡の魔術印を上書きしたことでジョラスを追い詰め逃がさないように仕組んだ。

「川を決壊させる必要はないな」

 屋根の上から様子を見ていた町民に、リゲルは作戦終了の合図を送った。

 アリスタはジョラスを万が一取り逃がす可能性も想定していた。せき止めていた川の柵を決壊させて、そこに落とすつもりだった。自分には海神ルカの加護があるから溺れることはないと豪語していたが、結果、そうならなくて安心した。

 リゲルは手袋についた鮮やかな液体に、顔をしかめた。

「それって、毒?」

「ああ。絶命には至らんだろうが、興奮すると眩暈や吐き気がする程度のものだ。あれだけアリスタが頭に血を上らせたんだ。そこらで酒を吐いているだろう」

 逃げ場は塞ぎ、遠くにはいけない。リゲルがマークした以上ジョラスを捕らえることは、野ウサギを狩るより容易だろう。

「お前はアリスタの方へ行け。奴は俺が追う。ちょうど騎士団も騒ぎを聞きつけて来る頃だ」

「———うん、リゲルも気を付けて」

 要らぬ心配だと言わんばかりにリゲルはオスカーを一瞥して、オスカーと反対側に駆けた。


 道を三回間違えて、ぐるぐると迷ったオスカーが見つけた頃には、アリスタはぐったりと座り込んでいた。

「アリスタ!」

 顔色が悪いが、意識はある。

「上手くいったよ。ったく、失敗を知らねえのか、あの坊ちゃんは」

 悪態をついても作戦の成功に安堵しているようだ。

「アリスタ、大丈夫?」

「ああ、平気だよ。こっちこそ悪いな。付き合わせちまって」

「本当に大丈夫?」

「何ともねえよ」

「いや、すごい血がついてる」

「返り血だ」

 返り血というにはあまりにも不自然。剣で刺され、額を割った跡がしっかりとあるのだから。その嘘ばかりは突き通せないとわかったアリスタは堪忍した。

「証拠隠滅、は無理か。一度は塞がったんだがな。海神ルカの加護のおかげで」

 アリスタの常套句にオスカーはくすりと笑った。

「またそれ?」

「バレて女王のご機嫌損ねて処刑されたら、泣いてくれよ」

「泣く前にシリウスを止めるよ」

「すぐにあいつを追わなきゃな。オスカー、肩貸せ」

「大丈夫、今はリゲルが追ってくれてるよ」

「そっか。あいつだけの手柄にさせたくねえけど。正直、リゲルが乗ってくれなかったらここまで上手く行かなかったな」

 思ったよりも足取りはしっかりとしていたアリスタは、結局オスカーの肩を借りずに目的地まで小走りした。

「何だよ、そんなに見つめて。どうだ? 水も滴るいい男だろ?」

「………。素直に褒めようと思ったのに、先回りして言われると褒めたくなくなるし、幻滅するから辞めて欲しい」

「辛辣だな! こんなに頑張った俺を誰か褒めろよ!」

「リゲルにお願いしてみようか?」

「あいつの場合、傷口に毒塗るだけだろ」

 人気のない路地の奥で、立ち尽くした一つの影。佇まいからすぐにリゲルだと分かったが、彼はこちらに気づいていながら背を向けたまま、路地の奥を見つめていた。

 どうやら騎士団はまだ到着していないらしい。

 ジョラス・トラッドを捕らえれば泥ネズミの動きを封じられる情報が手に入る。裏で糸を引く者も自ずと分かるというものだ。

「リゲル、どうした?」

 ただならぬ気配。リゲルは、アリスタの問いかけに一呼吸置いて答えたが、少し戸惑った声が含まれていた。

「———アリスタ、オスカー。こっちに来ない方がいい」

「………リゲル?」

 リゲルの制止も聞かずにアリスタはリゲルを押しのけ、その先にある光景を目の当たりにした。

「———っ、おい、どういうことだよ、こりゃ」

「————っ」

充満する鉄の臭い、広がる血だまり、不自然な体勢で倒れた男の死体。

惨殺されたジョラス・トラッドの死体があった。

 それも、首がほとんど皮一枚だけで繋がれた状態で、転がっていた。

「どうして………」

 毒矢でこんな惨事になるはずもない。先に駆け付けたリゲルなら可能かもしれないが、彼には大の男の首を両断するような膂力はない。

まさかここで第三者が介入したというのか。

 ほんの一瞬、標的を見失った間にジョラス・トラッドは惨殺されたということは、何者かが三人の行動は全て見張り、僅かな隙を見て口封じのために殺した、と推論するのが妥当だろう。

「やられたな。この路地の下は地下水路にも続いている。泥ネズミが情報を漏らすまいとジョラスを日頃から見張っていたんだろう。地下ばかりは俺たちも目が届かないからな」

 毒矢で弱らせたところを捕らえて首謀者を聞き出す。ここまでがアリスタの描いたシナリオだった。それが、こんな形で歪められるなんて。

「———くそっ」

 血だまりに我慢しきれなかったアリスタは用水路に盛大に吐いた。

―――まだ、この連鎖は終わらないのか。

 駆け付けた騎士団に後を引き継ぎ、三人はその場を立ち去った。

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