第76話 三色旗のリベンジ(4)
アリスタは鎮魂祭の後から、街角に足繁く通っていた。元より城で一日中過ごすことは性に合わない彼は、より開放感がある場所を求めて出歩き、町民と遊んでいた。
身の安全を考えれば褒められた行動ではないが、自己責任である以上、誰も咎めることはしない。
しかし彼も遊んでいるだけではなかった。
街角ではとある賭けが流行っていて、それを知ったアリスタはリゲルを巻き込んだ。クロッカの対人戦でどちらが勝利するか賭けるというもので、九つの駒のうち五つのみを使い、対戦時間を省略した形式で行われる。単純だが、王以外の残りの四つは自由に選べることや他の街角からも強者が対戦を挑んでくることもあり、レートはかなり積み上がっていた。クロッカが不得手なアリスタはリゲルを半ば強制的にそれに参加させ、彼は見事勝利した。
アリスタはその勝利の代償に、全面協力をするよう町民に呼びかけた。
今度は、女王と七星卿の勝利に賭けろと。
それは、彼が王都に来てから積み上げてきた町民との信頼がなければ到底成しえなかったことだろう。
そしてアリスタの作戦決行日。
町民は言われたとおり、アリスタの合図と共に街角から姿を消した。
酒場だけではない。店の外、この区画まるごと、人の姿が消えていた。
無人と化した一帯の様子に、流石のジョラス・トラッドも目を丸くしていた。
「何だ、この魔術は………」
「魔術? まさか。俺がそんなもの使えるわけないだろうが」
店の前で仁王立ちするアリスタは剣を抜いて挑発した。その剣は三日月のようにしなやかな刀身をしており、騎士が持つ剣とは全く違う。軽く動きやすさを重視している構造だ。
オスカーは慌てずジョラスと距離を取り、アリスタに近づいて耳打ちした。
「印は付けた」
「どこも怪我してないな?」
「もちろん」
「いい子だ」
アリスタは走らせた馬を愛でるようにオスカーを褒めた。こそばゆい気持ちになったが、今はそれどころではない。
「おっさんの取り巻き、大したことなかったな。酔ったら剣も使えないってか?」
「偉く吠えるガキだな。いたぶる甲斐があるってもんだ」
どうやらジョラスは変装したままのアリスタを見抜けていないらしい。
魔術で町の様子がおかしくなり、とりあえず目の前の奴を殺しておけばいいとでも思っているのだろう。相手が油断してくれているのは結構だが、挑発が足りないと思ったのか、アリスタはほんの少し思考を巡らせた。
「俺はあんたのこと、ようく覚えてるぜ、おっさん。いつも優男の影で吠えてたな。俺はてっきりネズミじゃなくて野良犬が人間に魔法で変えられたんだと思ってたぜ。あんな上等なブランデーはあんたにはもったい。腐った肉でも食ってろよ!」
途端、ジョラスは体を震わせ大声で笑った。
「げはははは! いい! いいぜ! てめえは両手両足切った後で、ハラワタ引きずりだしてやる!」
「オスカー!」
アリスタの合図でオスカーは目くらましの白煙粉をまき散らし、二人は全力疾走で入り組んだ路地を駆けた。
一瞬気を逸らしたことで距離を取ることに成功した。
―――よし、追ってきている。
ジョラスは剣をすでに抜いて、笑い喚き散らしながら追いかけてくる。
まるで猛獣に追いかけられるウサギの気分だ。
「このまま誘い込む。お前は次の路地で合流しろ」
「でも………」
作戦では最終ポイントまでオスカーが同行する予定だった。それはジョラスが二人を狙う可能性があったため、別れた場合、奴がどちらを選ぶか分からなかったからだ。しかし今は確実にアリスタを狙っている。
「臨機応変! お前は合図をおくっとけ!」
「———わかった。…………アリスタ」
「何だ、文句なら受け付けねえぞ」
「勝ったら、バケットと鴨肉のロースト作るよ」
アリスタは若葉色の目を丸くして、噴き出した。
「そりゃいいな。俄然やる気が出てきた!」
次の三叉路でオスカーは右へ、アリスタだけ予定どおり左へと曲がった。
アリスタは初めから一対一で闘うつもりだったのだろう。
町民に姿を隠すようにしたのも人質を取られないため。挑発したのもオスカーから敵意を剥がすため。
彼の正義は自己中心的でありながら、その実、常に他人のためにある。
思わず笑みが零れてしまうのは、どうしてだろう。