第75話 三色旗のリベンジ(3)
まずは泥ネズミが入り浸っている酒場で待ち伏せする必要がある。
その酒場は賑やかというよりは騒がしく、窓から酒瓶が飛んでくるのではとオスカーは身構えた。
分厚い看板で『王の晩餐』と刻まれ、それもだいぶ年期が入っていた。
「………」
―――何て派手な店だ。店名を考えた人は命知らずなんだな。
まるで王族御用達みたいな肩書だ。
「まさかとは思うけれど、酒場で暴れまわる、みたいなベタなこと、考えてないよね?」
「そうできれば早いんだけどな」
アリスタは通いなれた馴染みの店のように―――実際に通いなれているのかもしれないが―――堂々と入店し、店主に「いつもの二つ」と頼んで、勝手に空いている席に座った。
老若男女問わず居て、店内はかなり混雑していた。
「不思議そうだな」
「てっきり、もっと閑散としていると思ってた」
「女王が王都に来る前はそうだったらしいぜ」
もしかしたらもう泥ネズミの一味がいるのかもしれない。男たちだけで来ている連中はいないだろうか?
オスカーの位置からは店内の客席は全て確認できる。挙動不審な態度にならないよう、オスカーは慎重に見渡した。
―――もしかして、商売繁盛しているのは泥ネズミが金を落としていくからかな。
店員がジョッキをテーブルに置き、オスカーは思わずその中身のニオイを嗅いだ。
「これ、お酒?」
「酒場だからな」
「僕、飲めないよ」
「俺も酔う気はないから恰好だけだ」
海賊であるアリスタは酒を嗜んでいるかもしれないが、オスカーにはいい迷惑だ。
「それにしては僕らより幼い子どもが多いような」
「千草の国じゃ、よく見かける光景だぜ。朝は釣りして、昼は泳いで、夜は酒場で大人にたかるんだ。立派な海賊になるためにはな」
「な、成程」
千草の国は海賊業の利益が国の発展に繋がっている。賊でありながら、彼らは金銀財宝を元手に、国を豊にするという面も持っているのだ。
子どもたちは大人のおこぼれを貰おうと勝手にテーブルに手を伸ばしている。彼らは中年の男たちではなく、年寄りに近づいていた。
子どもも「当たり」の大人を分かっていて、好々爺の集まりをターゲットにしているらしい。床に座って、ふかし芋を頬張り、頃合いを見てまた次のテーブルへと移動していた。
オスカーは並々と注がれたジョッキを少し舐めた。
「———っ」
甘くとろけるような味わいに少し舌に残る苦味。これが大人の味というものか。こんな状況でなければじっくり嗜みたいところだ。それはアリスタも同じなのだろう。彼は一口も飲んでいない。
「———来たな」
ジョラス・トラッドだ。
わざとらしく足音を立てて店内を闊歩し、どっかりとカウンター席に座った。
取り巻きが五人。彼らはきっとジョラスと同じ泥ネズミだ。
「おい、いつもの酒はどうした!」
「俺たちが出せって言う前に出せよ! ったく使えねぇな」
罵声に店内はしんと静まり返り、店主はびくびくと怯えながら厨房に駆け込んだ。
「———アリスタ」
怒りに震え、強く握りすぎたせいで、ジョッキから中身が零れ落ちた。不審な動きだと思われかねない。
「分かってるよ。殴りたい気持ちは山々だが、今は堪えて見せるさ」
アリスタは飲むふりをして、ジョッキを置いた。
他の泥ネズミは五人とも柄が悪い。ジョラスの威を借り、店で好き放題暴れているのが奴らの日常なのだ。
金を置いて帰る客が出てから暫く。
酒を数杯煽ったジョラスは一人ふらりと店の裏へと向かった。それも剣を置いたまま。恐らく厠だろう。アリスタはオスカーに目配せをし、オスカーは一つ深呼吸をして、ジョラスの跡についていった。
姿が見えなくなれば、数が少ない方をオスカーが見張る。正体がバレた、騒ぎになれば即撤退。この二つがオスカーの役目。様子を見て、アリスタに合図を送る。それだけでいい。オスカーはストールを巻き直し、気を引き締めたところで、踏みとどまった。
―――おかしい。
裏口の扉が開いている。そこにある影に背筋が凍った。
「てめえ、どっかで見た顔だな?」
「———っ」
―――待ち伏せ、されていた。
動揺してはいけない。やはりこの男の勘は侮れない。
「そりゃそうですよ。僕はこの店に何回か来ていますから」
この男は何かを察知して、厠に行くふりをしたのか。
惚けたフリをして厠へと向かうオスカーをジョラスは足で止めた。
「待て待て待て。そう急ぐなよお。お前どこから来た?」
吐く息が酒臭い。
「僕は王都の外から来たんです。坊ちゃんの付き添いで」
「そうかそうか、王都の外から」
オスカーは「もういいですか?」とにこやかに、あくまで育ちのいい少年を演じた。
「———嘘だな」
「————っ」
にやりと口角を上げたジョラスはオスカーの肩を掴もうと手を伸ばす。オスカーはその手を弾き、転がりながら避けて、店の中へと駆けだした。
―――大丈夫、まだ間に合う!
店内は誰もいない。客も店主も、オスカーを待っているはずのアリスタも。
正確には五人の男が気絶していた。泥ネズミと思われる男たちが転がっているだけだ。それらを無視してオスカーは店の外へと走った。
追いかけてきたジョラスは事態が呑み込めず、罵声を上げた。
「おい! てめえ何しやがった!」
店の外には仁王立ちする青年が一人。
「喜んで貰えたかよ」