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第74話 三色旗のリベンジ(2)

 泥ネズミが常駐している酒場に乗り込み、ジョラス・トラッドを捕らえる。

 これがアリスタの目的だった。

 鎮魂祭の後、彼なりに時間をかけて練ってきた作戦だ。完璧とは言い難いが、想像以上に大掛かりで、二人を驚かすには十分すぎるくらいだった。

「それで、お前はどうする? オスカー」

 アリスタにしては珍しくおずおずと尋ねた。

「どうするって………」

「この話、乗るのか? 引き返すなら今だ」

「それ、作戦を言う前に言って欲しかった」

 オスカーはため息を吐いた。

「リゲルはどうするつもり?」

 彼の性格ならば大方の予想をつけて、この呼びかけに応じるか否かを判断するだろう。見切りをつけていないところから、初めからアリスタの作戦に賛同するつもりだったのだろう。

 リゲルは矢車草の花弁のような長いまつ毛を伏せた。

「その作戦、俺がノーと言えばどうなるんだ?」

「まあ、成り立たないな!」

 アリスタは自信満々に答え、リゲルはいつもの呆れ顔で深いため息をついた。そしてオスカーの方をチラリと見て、またため息をついた。

「分かった」

 リゲルの承諾に、アリスタはオスカーとリゲルの手をそれぞれ取って高く上げた。

 声を抑えつつもその声は意気揚々と、欲しかった物を手に入れた子どものようにはしゃいだ。

「よっしゃ! そうと決まれば、作戦開始だ。分かってると思うが、他の奴らに言うことは勿論、悟られないようにしろよ。特にオスカー!」

 びし、とアリスタはオスカーを指さした。

「え、僕?」

「お前は俺らに甘々だからな。何を聞かれても首を傾げておけ。朝食を食べ損ねるのだけは勘弁だからな」

「でも………」

 言い淀むオスカーにアリスタはつかつかと歩み寄り、

「い・い・な!」

 オスカーの頬をつねって念押しした。

「ふぁい」

 オスカーはつねられたままこくこくと頷いた。


 *


 夕刻を告げる鐘の音と共に、王都の門は閉じた。

 余談ではあるが、夕刻というのはこの王都トワイライトにとって黄金の時間とも呼ばれ、夕日に照らされる王都は黄金の都のように輝き、甘くとろけるハチミツのような女神の髪が水面に映ることから、女神が降り立つ時間とも言われている所以である。

 天と地の交わりに神性を見出す王国の文化らしい着想だ。

 しかし実際の王都は、そんな穏やかなものではない。

 割れた酒瓶の破片が散らばった石畳。ブーツの底がじゃりじゃりと破片を踏みつぶした。

 千草の国(シャルトルーズ)街角(ストラータ)の更に奥。

 貧民街と化しているそこは、あばら家同然の建物が並び、異臭すら漂っていた。水が腐った、と表現することが可愛いくらいだ。排泄物ではない、嫌な臭いが立ち込めていた。しかしそこで暮らす人々は、感覚が麻痺しているのか平然とした表情だ。

 王都内で貧民が生まれるものだろうか、という疑問がオスカーには常々あった。

 王都の外で暮らす農民の方がよっぽど豊かで充実した生活を贈っているように見えたからだ。

―――これは、僕がこの時代のことをよく分からないからじゃないな。貧しさ、極限の厳しい生活を知らないからだ。

 オスカーとアリスタはその貧民街をすたすたと歩いた。

 アリスタは自ら胡桃色の髪をキトの実(染色用の赤い果実)で緋色に染め、髪を結っていた。服装も黒を基調としているものだから、まるで別人と歩いている気分だ。

 魔術もなしにこうも上手に変装できるものだろうか。

「ちょっと、目立ち過ぎじゃない?」

「そうか?」

 アリスタの派手好きな性格がこうも災いするとは思わなかった。

 当然、顔を見られているオスカーも多少の変装はした。大きめの服を着て体格を誤魔化し、以前の収穫の時に貰ったストールを口元に多い、深めのフードコートを纏った。できるだけ汚れていて、擦り切れているものを選んだのは正解だ。身なりのいい少年は、この地区には相応しくない。

「お前はいっそのこと女装した方がいいんじゃないのか?」

「流石に声で分かるでしょ」

 昨夜の話し合いの前に、アリスタとリゲルは口裏を合わせていたらしい。

 オスカーがアリスタの作戦に同意するなら参加すると、決めていたらしい。二人はオスカーの度胸を秤にかけていたのだが、アリスタはオスカーが作戦に乗ることに賭けていたと、後でネタ晴らしをした。

 何故、他の七星卿ではなく自分なのか。察しはつくが、恐らくは消去法だ。アリスタとしては猫の手でも借りたい程、切迫した心境なのだろう。

 武力行使であればテオに頼むべきだが、彼は今不在。

 膠着状態になっている騎士団がこうも役立たずになるとは正直、驚きだ。小国は王都の武力を恐れて従ったというのは、デマに違いない。

 それでも、頼ってくれることは正直嬉しかったし、何よりアリスタは以前の失態の挽回の機会を与えてくれたのだ。

―――何もしないことが正しいと思っている。

 今にして思えば、アリスタはオスカーの恐怖の神髄を見抜いていた。彼は大雑把に見えて人の感情の機微には敏感だ。

―――期待に応えなければ。

 以前のようなプレッシャーはないが、緊張感はある。それと、ほんの少しの高揚感。

 使わずに済んだら大成功だな、とオスカーは懐と腰に隠した短剣を二度三度と触れて確認した。

「アリスタ、ヴェロスに声を掛けなかったのは、ヴェロスが目立つからってだけじゃないよね」

 王都にいるサザーダ人の多くは奴隷。奴隷が酒場に居れば目立つ上に、サザーダ人で数少ない身分の高いものとくれば素性の特定は容易だ。見た目で疑われることを避けなければならないから、ヴェロスにはこの作戦のこと自体を伝えず、関与もさせない。アリスタは初めそういう理由でリゲルとオスカーには説明した。しかし、それだけではないことはアリスタの態度ですぐに分かった。

「まあな。俺なりのけじめっていうか。罪滅ぼしっていうか」

 あの日、奮戦し負傷したのはヴェロスだけだった。

 多くを語らない彼は、オスカーをなじることも、怒ることもなかった。彼の代わりにアリスタがオスカーを責めてくれたのだ。それでもアリスタは責任の一端は自分にもあると、行動で罪滅ぼしをする機会と方法を考えていたんだろう。


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