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第73話 三色旗のリベンジ(1)

 庭園、と言われても庭園のどこか指定してくれればいいのに。

 オスカーよりも前に二回、部屋の扉を開いた音がして、オスカーは暫くしてから部屋を出た。

 以前程、不気味に感じない。夜の暗さに目が慣れてきたのだろう。

―――前にも似たようなことがあったような。

 庭園の噴水の前に二つの人影があり、それは意外な組み合わせだった。

「アリスタ? リゲル?」

「思ったより早かったな、オスカー」

 噴水の端に座るようにアリスタは手招きをした。

 アリスタもリゲルも夜着のままだ。

「アリスタ。どうして僕らをここに?」

「大体の察しはつくがな」

「お前、寝ぐせひどいぞ」

 アリスタはオスカーの髪をぼふぼふと叩いて遊び始めた。

「ほ、本題に入ってよ!」

 おどけていたアリスタは急に神妙な面持ちになった。

「今日あったこと、どう思う?」

「どう思うって」

「大司祭のことだな」

「俺は毒殺だと思う。メアリーと同じ『砒霜(ひそう)』が使われて」

 それは明日リャンが検死をすれば分かることだろう。だが、アリスタにはそれを待てない理由があるのだろう。

「俺は王都に戻ってきてすぐ、砒霜についてヘクトル・グリシアに調べさせた。比較的手に入りやすいと言っていたが、あれは間違いだ。黒の国のとある鉱物から稀に取れるものだと分かった。リャンは犯人ではないが、協力者なんじゃないかと思う。お前らも司祭たちから聞いただろ?」

「………」

 シリウスたちには言えなかったことだ。

 向かいの部屋のシャルル司祭が黒服の黒曜人を見たと証言していた。妄言だと信じたい。

「でも、黒曜人だからってリャンだとは限らない。だって王都には今色んなところから人が来ているんだから」

「悪意のある奴はあの使者の洞穴(ホエール)じゃ、弾かれるんだろ? そんな荒唐無稽な結界を掻い潜れるならあの男なら可能なんじゃないか? それに浴室に出た蛇。毒もそうだが見抜いて手柄を上げれば信用されるから」

 自作自演だと、アリスタはリャンを疑っているのだ。

「黒の国の言葉を信じるな。こんな格言を信じる日が来るなんてな」

「アリスタ、もう疑うのは辞めよう。もしかしたら、リャンを疑うように『砒霜』を使った可能性だってある。黒魔術だって、リャンと同じくらい使える人がいるかもしれないじゃないか!」

「だから、お前ら二人だけに話したんだろうが。俺だって疑いたくはねえよ。あいつは胡散臭いし、何考えているか分からないけど、実力は確かだ。警戒するに越したことはないだろ?」

 一致団結、とは簡単にはいかない。分かっていたけれど。

―――シリウスが知ったらどうなるだろう。彼女は僕らを信頼すると決めてくれた。それに亀裂を入れることはしたくない。

「どうでもいい」

 リゲルはきっぱりと言い切った。

「どうでもいいって」

「どうでもいいことだ。全ては憶測。証拠はない。奴に問いただしたところで答えるとも思えん。それに、メアリー・ホーソンはともかく、あの大司祭は死んで当然だ。聖職者とは名ばかり。頭にウジが湧いた老害だ」

 氷薄色(アイスブルー)のその目はいつになく冷たい色を放っていた。

「リゲル! 死んだ人にそんな言い方」

 ぎろりとリゲルはオスカーを睨んだ。

「死んでいようが生きていようがあの男への評価は変わらん。あの部屋を見て何も気が付かなかったか? あの部屋には地下室に続く扉があった。鍵がかかっていたがな。破壊すれば分かることだ」

 アカシア神殿の最高責任者である大司祭の部屋は、他の司祭たちの部屋に比べて広い。一面、上等なカーペットが敷かれていたためオスカーは気が付かなかったが、リゲルは遺体を一瞥してから部屋の中を調べていた。

「夜な夜な、大司祭の部屋に代わる代わる訪れる者たちがいたことは知っている。シスターたちが用件も聞かずにどうして俺たちを大司祭の部屋に案内したと思う?」

「それは七星卿だから―――」

「やめとけ、リゲル。こいつには言っても理解できないと思うぜ。こればっかりは女王陛下にも言えないしな。神殿の沽券に関わることだ」

 アリスタは手をひらひらとさせて、話を終わらせようとした。

「分かるように言ってよ、二人とも。他の人にももちろん、シリウスにも言わないようにするから」

 リゲルは仕方ないと深くため息をついた。

「奴はおかしな趣向で知られていた。ごく一部の人間にだけ、だろうが。あの大司祭は、若い、いや幼い少年を好んだ。特に高貴な身分の少年を―――」

「———っ」

―――フィオーレ、まさか。

 誓約の間で大司祭とフィオーレは二人きりだった。あの時、何かを持ち掛けられたに違いない。オスカーは思わず口を手で覆った。

「裏は取ってある。俺はフィオーレが『カールハインツ』というメッセージを寄越したのは、それが関係していると思ったからだ。前から俺はフィオーレに警告されていたからな、胸糞悪い話だが、俺も奴と面識があった。女王の今後に関わる大事な話があると奴に呼びつけられた」

「リゲル、大丈夫、だったの?」

「いらん心配だ。大人の言うことなら子どもは何でも聞くと思っているだけの男だ。フィオーレも部屋に来るように唆されただけらしい。流石にグラシアール神殿の使者に手を付ければ大司祭の座を追われるからな」

 二人が何ともなくて良かった、とオスカーは安堵のため息を漏らした。

「裏って、どうやって取ったんだよ?」

「ルーサー候だ。あの小評議会にいる三人の司祭。口ばかりで能無しだ。何故小評議会に参加できる資格があるのか、とな。三人はかつての大司祭のお気に入りだと分かった」

 ルーサー候はフローライト家とは親類筋になる。立場上、リゲルの問いには真実を口にするしかないのだろう。

「どういう趣向を持とうが構わん。だが、奴は俺が子どもだから何も分からないだろうと、屈するべきだと考えていた。自分は強者で子どもは弱者だと。それが何十年も許されてきたことが、許せなかっただけだ」

 もしかして、フィオーレが彼に圧力をかけていたのは彼の本性を見抜いていたからなのだろうか。

「リゲル。次、似たようなことがあれば絶対に相談してよ。守れるとか解決するとかは分からないけど」

 リゲルは目を丸くさせて、困ったように笑った。

「気が向いたらな」

「ま、面がいいとそういう輩も集まってくるってこった。良かったな、俺たちはそこそこで」

 アリスタはオスカーの肩を組んだ。

 確かにリゲルとフィオーレは「綺麗」「可愛らしい」に属する面立ちをしている。しかし、アリスタも溌剌とした振る舞いと勝気な若葉色の瞳、凛々しい顔立ちは、「かっこいい」と思うのだが、調子に乗りそうだから、発言はやめておこう。

「それじゃあ、大司祭を毒殺したのは、恨みを持った人ってこと?」

 この毒殺の連鎖に、大司祭は無関係なのだろうか。

「どうだろうな。もしそうなら事態は簡単だけど。そうでなきゃ、何かを知っている大司祭は口封じのために殺されたと見るべきだ。方法はどうあれ、口が軽いおしゃべりな奴は裏切り者に一番近い」

「それで、これからどうするつもりだ。情報共有のためだけに俺たちを呼んだわけじゃないだろう?」

 アリスタならヴェロスも声をかけると踏んでいたが、この三人は驚きだ。大司祭の死の真相についてだけではないのか。

「何だよ、いつもみたいに偉そうに指示出ししないのか、リゲル」

「今回はお前に譲る。発案者はお前だ。お前の指示に従おう」

 リゲルは懐にあった羊皮紙を広げ、それに息を吹きかけた。大司祭の部屋にも同様にかけていた不可侵の魔術だ。これで噴水の周りには、誰も入れず、聞かれることも見られることもない。

 アリスタは地面にどっかりと座った。

「テオとフィオーレが戻るまでにあと二日かかるからな。それまでにできれば強行突破したい」

「待って、これってシリウスには伝えないつもり? ヴェロスとリャン、カルマにも?」

「お前なあ、俺はリャンを疑ってるんだ。論外だろ? カルマは役に立つわけないし、ヴェロスは明日女王の護衛だ。急に外れたら怪しまれるだろ?」

 アリスタは王都の地図を広げた。それはいつも見る地図とは違い、あちこちにインクで印がされているアリスタのオリジナルの地図だった。

街角(ストラータ)から外れた場所で荒くれ者が集まる酒場がいくつかある。この印はよく傭兵が来る場所だ。そんで、奴らはその酒場で『泥ネズミ』と名乗っていたらしい」

「割符と同じ名の傭兵集団か」

「あの酒樽の割符の意味は、この酒樽は『泥ネズミ』に渡すよう手配されたもんだ。ま、酒樽の中身は酒とは限らねえけど、この割符は奴らの資金源となる積荷の証ってことだったんだ」

 アイギアロスから運ばれた酒樽に貼られていた割符が、こんな形で繋がるとは。

「すごいよ、アリスタ! 探偵みたいだ!」

「たんていってのが何か分かんねえけど、褒められて悪い気はしないな」

 アリスタは印の一つを指さした。

「この酒場には上等のハニーブランデーがロットで毎日運ばれている。庶民が手を出せるものじゃない上に店頭にも並べてないらしい。そんで、そこには剣を振り回すイカれた男がいるって話だ」

 アリスタはちらりとオスカーを見た。

 そうか、アリスタがオスカーに声を掛けたのはただの人数合わせではなかった。

 ジョラス・トラッド。

 剣を振り回したイカれた男。人を斬りたくて仕方ないあの騎士くずれがすぐに連想された。

「でも、どうやってそんな情報を?」

王都を抜け出した遠乗りにも出て、そこまでの情報を集められる程の時間はなかったはずだ。

「そんなの町民に聞いたに決まってるだろ? 代わりにアコヤ貝の腕輪を取られちまった」

 あのクソガキ共とアリスタはぼやいた。町に出て、よく子どもと遊んでいるのは知っていたが、そこまでの信頼関係を築いているとは思わなかった。余程、町民の間でも人気者なのだろう。

 離れたところで地図を見ていたリゲルが口を挟んだ。

「分かっているだろうが、報復のために付き合わされるのはごめんだぞ」

 アリスタは少し目を泳がせた。

 口には出さなかったが、ヴェロスが斬りつけられてから、自分の手でどうにかしてやりたいと思っていたに違いない。

「それがない、とは言わない。あいつは気に食わねえ。俺の腕輪をやったガキはあいつの剣先が当たって頬に傷を負っちまった。遠乗りに出る前に泳がせるんじゃなくて始末すべきだったんだ」

 アリスタの怒りも最もだが、まるで騎士団が意図的に放置していた、みたいな言い方じゃないだろうか。しかし、リゲルは同意した。

「言いたくはないが、王都の騎士団は青の国(セレスト)の少年兵にも劣る。飛龍の騎士が手を焼いているとは聞いていたが、無能もいいところだ」

王国の兵力は数年前から急激に低下していた。ギルガラス王の粛清により、騎士を目指すものが減り、王への忠誠を誓わなくなったことが原因だろう。

「テオがいなければ騎士団も動く気はないらしい。そうなった以上俺たちがやるしかない」

 騎士団の指揮権は騎士団長に、団長不在の場合は陸軍大臣トマス・カルタスに引き継がれる。確かにテオはカルタス候にくれぐれもと申し送りをしたが、七星卿を目の敵にするカルタス候は何かと理由をつけて騎士団を動かさないのである。

「シリウスに言って貰ってもダメ、かな?」

 それは俺も考えた、とアリスタは零したが、リゲルは深くため息をついた。

「即位していない以上、命じることもできない。玉座に座れても戴冠式も即位式もやっていないんだからな。だから早く即位しろと―――。まあ、いい」

 オスカーがシリウスの遠いとはいえ、身内だと分かってからリゲルはシリウスの行動の愚痴をこぼすようになった。心を開いてくれるようで嬉しい反面、リゲルの心労は計り知れないことを知り、申し訳なさも感じていた。

 頭一つ分慎重さがあるにも関わらず、背が高いはずのアリスタをリゲルは見下ろしているように言い放った。

「そこまで言うには綿密な計画があるんだろうな」

 アリスタは聞いて驚け、と用意された作戦を打ち明けた。

 星の色を放つ三つの光が闇の中で煌々と光る。

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