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第72話 黒の刺客(3)

 日が落ち、ヴェロスがオスカーに代わりに夕食作りに取り掛かったところで、三人が戻って来た。

「死んでいた? 大司祭が?」

 アリスタはオスカーに肩を貸してもらってようやく歩けるくらいぐったりとしていて、カルマに用意してもらったハーブティーで吐き気を抑えていた。

 シリウスにはリゲルが淡々と報告した。

「争った痕跡や、血の跡がなかった。死因は分からないから、取りあえず不可侵の魔術をかけておいた。検死を頼めるか」

「できれば、不動の魔術の方がありがたい。死体が腐ると困る」

 リャンの追い打ちにアリスタは吐き気で手を抑えた。ヴェロスは呆れてため息をついた。

「血はなかったんだろう?」

「そう、なんだけど……」

 とてもではないが、眠るように死んだとは言えない。もがき苦しみ、血の泡を吹いていた。体中を切り刻まれるような残虐さはないが、見るに堪えないものだった。

「何でお前は平気なんだよ、オスカー」

 本当にアリスタはほんの少しの血で気分が悪くなってしまう。

「僕が気分悪くなる前にアリスタが倒れちゃったんだろ?」

 事態は想像以上に混濁していた。

 どういう意図でフィオーレが『カールハインツ』の名をリボンに綴り、伝えたのかは分からない。しかし、リボンが届いたその日に彼は絶命した。予言の力を持つフィオーレが何かを感じ取ったのかもしれない。

「私も明日、大司祭の部屋に行こう。神殿への見舞いも兼ねてな」

「点数稼ぎか、らしくないな」

 うっぷと吐き気を催しながら、アリスタは悪態をついた。

 メアリー・ホーソンに続く不審死だ。シリウスとしても放っておける気持ちにはないのだろう。

「しかし困ったことになったな。今日一日でこんな事態になるとは。今となっては二人をアイギアロスに向かわせたことが痛手になった」

 浴室に黒蛇が現れ、その調査もしなくてはならないと、リャンは珍しく面倒そうに顔をしかめた。

「痕跡が残っていれば解析出来たがな」

「何だ、残っていないのか?」

「俺の落ち度と言いたげだな、ヴェロス卿」

 欠片も残さず粉砕したため、魔術の痕跡が全く残っていなかった。リャンが怒りと焦りで灰にしてしまったという。彼にしては珍しい。いや、初めてのことではないだろうか。

「本当に危なかったんだ! こおんなにでっかい蛇が。僕なんか丸呑みされちゃうくらいにおっきくて」

 大きさしか強調しないカルマの表現の乏しさは残念だが、シリウスの寝室ばかりに警戒していたことがあだになったのだ。

「浴室に蛇って………。それ他の部屋にもいる可能性があるってこと?」

「だろうな」

「いや、大事件じゃないですか! どうするんですか、今日寝られないですよ! 決めました、僕はヴェロスと寝ます」

「え? 俺?」

「僕もヴェロスとがいい!」

 オスカーとカルマはヴェロスに引っ付いた。

「お前、あれだけ一人部屋で寝ていたくせに、急に怖くなったのか?」

「…………」

「オスカー?」

「えっと、実は一人で寝たことあんまりないんだ」

 カルマはオスカーの顔を見上げ、オスカーはカルマの頭をそっと撫でた。

「前も少し話したけど、僕には姉さんと妹二人と、まだ言葉も話せない弟が一人いて。いつも一つの大きなベッドで寝てたんだ。窮屈でヨダレもつくことあるし、蹴られることだってあるけど。だから、かな」

 つまり寂しいのだ。赤面したオスカーは顔を思わず片手で覆った。

「だから何で俺なんだ」

「ヴェロスならワガママ聞いてくれるかなって」

 オスカーは照れ笑いし、カルマも大いに同調してくれたが、ヴェロスは疲れた表情をした。

「妙案だな。一所に集まっていれば対処もしやすい。いかがかな、女王陛下」

「私もか?」

「当然だ。案ずるな、陛下に手を出す輩がいれば、俺が処してやろう」

 リャンはキセルをリゲルとアリスタ、ヴェロスに向けた。

「何で俺たちを見る?」

「まあ、アリスタ卿はそれどころではないらしいが」

 アリスタは、ぐったりと項垂れたままだ。

「貴殿のその弱点は何とかならんのか。よく海賊稼業なぞやれたな」

 リャンは皮肉を通り越して呆れていた。

 その日の夜中、使用人の目を掻い潜り、シリウスの部屋に集まった。

「———狭いな」

 いくつか寝具を運び出したが、一等広いシリウスの部屋でも六人分の寝具を敷けば足の踏み場がない。

「黒の国では床に敷いて寝るんだっけ?」

「高貴な者以外はな」

 すっかり回復したアリスタはカルマと二人でクッションを投げ合っていた。

「あの悪ガキ共は何とかならないか」

「何だ、リゲル卿。一緒に混じってきたらどうだ? 貴殿はもう少し年相応の方が可愛げがある」

「………」

 リゲルは頭まで布団を被り、早々に寝た。

 窓の外から庭園にいるフクロウの鳴き声が聞こえた頃、皆が寝静まった。

「———後で庭園に来い」

 久々にすぐに眠りについたオスカーは、耳元でそう囁かれた。

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