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第69話 使者の洞穴

 鎮魂祭の後、王国に足早に秋が訪れた。

 イトスギは深い緑から黄金へとその色を変えていき、収穫や狩りへと男たちが出稼ぎに出る。

 アリスタとオスカーは東の居館の中庭で、朝と夕に模造剣で剣の稽古をすることが日課になっていた。オスカーの正体が分かってから、友好的というよりは好戦的な態度を取るようになったアリスタに、オスカーは八つ当たりに近いものを感じていた。

 鎮魂祭の後、トニトルス領からの還りにオスカーは思い切ってアリスタに「とある推測」を尋ねてみた。彼は是も非も言わなかったが明らかに動揺して、誰にも言うなと固く口留めをした。彼の栄誉と矜持に関わることだからとオスカーは沈黙を貫くことにしたが、彼の弱みを握ったようで、少しの優越感に浸っているのだが、その腹いせにアリスタは毎朝オスカーを稽古に誘うようになった。

若者同士で仲良くするのは実に良いことだと素直にテオは感心していたが、リャンは喉を鳴らして笑っていた。恐らくリャンはオスカーよりも先にアリスタの秘密に気が付いていたのだろう。

 今朝からシリウスはリャンとカルマと共に紫の国(ヘリオトロープ)の使者の対応に追われていた。ようやく紫の国からの返答があったかと思えば、その書状は白紙で、恐らく何らかの魔術がかけられている可能性があった。そのため、曲がりなりにも紫の国の代表であるカルマを連れて、リャンの研究室(アトリエ)へと引き籠っているのである。

 政治はともかく、魔術の一点のみに対してのみ、リャンはまともだ。それは自他ともに認めていることだ。夕刻近くになってもまだ三人とも東の居館に戻って来ないことから、相当な時間を食っているのだろう。

 アリスタの八つ当たりがあまりにも目に余るので、ヴェロスがお目付け役としてオスカーとアリスタの稽古を見守ってくれることになった。青あざが絶えないオスカーにとってこれは非常に助かる。無論、アリスタなりに加減をしてくれているのだろうが、シリウスとリゲルの喧嘩の仲裁に入る度に、胃が痛くなり、心身ともに疲弊したオスカーをヴェロスが見かねたのだ。

 ようやく防戦一方にまで慣れてきたが、柄を握る手はマメができてきたところで、オスカーが音を上げたその直後。

「いってぇ!」

 気が付いた時にはすでに遅く、その衝撃を額にまともに受けて綺麗に一回転してひっくり返った。オスカーの目には白い飛来物がアリスタの額に直撃したように見えた。オスカーはアリスタの足元に落ちたそれに慌てて駆け付けた。それは全身真っ白の鳩のような鳥だった。ぐったりとした白い鳥はぐるぐると目を回している。

「俺じゃない! 俺は悪くないぞ」

「待って、これ鳥じゃない」

 傍観していたヴェロスもただ事ではないと気が付いたらしい。

「リボンか」

 鳥はしゅるしゅると形を変えて重みのない飾りリボンになった。リボンが魔術で鳥の姿になって飛んできたのだろう。しかしこのリボンどこかで見た気がするのに思い出せない。

「おい、廊下にまで絞殺されたカラスみたいな声が響いていたぞ」

 定例となった小評議会の参加を終えたリゲルが二階の廊下から顔を出した。

「誰がカラスだ! このもやし野郎!」

 確かにリゲルは細身でケープコートも少しダボついていた。

「リゲル、いいところに」

 二人の口喧嘩は無視が一番であるとようやく学んだオスカーは、白い飛来物についてリゲルに相談した。

「カール、ハインツ………。アカシア神殿の大司祭か。戻ってから伝えないということは、それだけ急いでいるということだな」

 文字も絵もないリボンを手に取ったリゲルは少し思案した。それは魔力を持つ者だけが分かるよう、意志を伝える魔術らしい。

「これはフィオーレがアイギアロスから飛ばしたんだろう。強い魔力が込められている」

「その大司祭とやらに会いにいけということか?」

「シリウスに伝えに行ってくるよ」

「いや、それを待っていたら夜になる。それに、女王と七星卿全員で動くわけにはいかないな。オスカー、お前は大司祭と面識があるだろう。俺とオスカーとアリスタで行こう」

「え、俺も? ならヴェロスも」

「俺は行けない」

「あ、ああ。そうだったな。それじゃお前は女王陛下に。リャンと、ついでにカルマに伝えてくれ」

 神殿はサザーダ人と黒曜人を厭う。そのような教えがあるわけではないが―――女神グラシアールの眷属である太陽神ゾラは褐色肌でサザーダ人の祖とも言われている―――歓迎されることはない。

「そうだな。有事の際にはお前が女王に知らせに行った方が速い」

 リゲルの英断に、皆同意した。

 東の居館(パラス)にはすぐに王都内の町に降りられる隠し通路がある。リャンがいる北の居館を回ってから支度をしては日が暮れる。こういう時は城が大きいことが煩わしく感じた。

 どの王城にも王が逃げるための道は用意されている。隠し通路はその一つで、アリスタとヴェロスはその通路をよく利用しており、しかし迷路のように複雑である上に目印もないため、出ることはできても入ることは難しい作りをしていた。建築王ロイドのこだわりなのだろう。

「フィオーレのリボンにはなんてあったの?」

「カールハインツ、とだけ。相当急いでいたか、リボンが千切れたか」

 訳も分からず付き合わされたアリスタはぶちぶちと文句を言っていたが、事態が重いことを察して大人しくしている。

「あれがアイギアロスから飛んできているのだとしたら、相当な魔力を消費したはずだ。馬よりも速い手段を使わなくてはならない程に切迫していると見ていい。何もなければいいが」

「二人は大丈夫かな?」

「そういう時のために、飛龍の騎士がいんだろ? 大丈夫だって」

「いやでも、牢屋とかに閉じ込められていたりしたら………」

「それが女王の耳に入ったら戦争になりかねないだろうな」

 ああ、とオスカーとアリスタはリゲルの予想に納得した。シリウスの性格上、そうなった場合すぐにでも騎士団を動かす大ごとにし兼ねない。

「二人とも武器はあるか?」

「あん? 短剣二本だけだぜ」

 アリスタはすぐに短剣を取り出し、一本をリゲルに投げた。

「僕も護身用のしかない」

「それでいい。使者の洞穴(ホエール)への武器の持ち込みは禁止されているからな。目立つものは控えた方がいい」

 使者の洞穴は、聖職者が住居である。光が差し込まず、牢屋のように並べられた部屋はまるで洞穴のようだと例えられた。

「アカシア神殿にはいかないの?」

「騒ぎにしたくないからな」

「俺はどっちも同じだと思うがな」

 説教をされてからというもの、アリスタは聖職者嫌いになっていたが、リゲルはそんなこと知りもしないのだろう。

 隠し通路を出る直前で、鐘が鳴るのが聞こえた。

 使者の洞穴は石造りで、クジラの体内のように天井高く、掘られた穴に蝋燭を灯されている。神殿から務めを終えた聖職者たちが戻ってきていた。夕食の支度をしているためか、香ばしい匂いが漂ってきていた。白いローブを身に着けたシスターたちが三人の姿を見ると恭しくお辞儀をした。

「これは、これは。リゲル様、オスカー様。どうされました」

「カールハインツ大司祭はいるか?」

 シスターたちはリゲルの問いに黄色い声を上げた。色目を使われていることに気が付いていないのは本人ぐらいだろう。幼いとはいえ、将来性がある眉目秀麗な少年が来れば自然なことだろう。

「ええ、大司祭様なら先ほどお部屋に戻られました。ご案内いたしますわ。そちらのお連れ様もご一緒に」

「けっ」

 名前も顔も覚えられていないアリスタは悪態をついた。

 大司祭の部屋は廊下の最奥、最も広い部屋にいるという。

 廊下を歩く間、三人は案内で先行するシスターと歩く速度を落として距離を取った。

「にしても、こんな警備が緩くていいのかねぇ」

「広間にある蝋燭を見ただろう。あれは邪な考えを持つ者が来れば炎が青白く光る」

「それに今回はリゲルと僕がシスターと面識あったからね。まあ、顔が知られていないと不便な時あるよ」

「それなんだけどよ、ヴェロスが―――」

「おい、もう着いたぞ」

 シスターは扉をノックし声をかけた。

「猊下、七星卿の方々がお見えです」

 反応がなく、アリスタはもう寝たのではないかと肩をすくめた。しかし扉は施錠されていなかった。

「失礼しますわ、本当にお眠りになっているのかも。こちらで少々お待ちを―――」

 リゲルが目配せする前にアリスタは短剣に手を伸ばした。

 そしてその直後、シスターの悲鳴が廊下に響き渡った。


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