第66話 女王の片鱗
鎮魂祭の後、王国に秋が訪れた。
王都の民は、二か月後に訪れる収穫祭を待ちわび、そして今年は一層の期待が寄せられていた。王即位の年の収穫祭は盛大に祝うことが約束されているためである。
また、小国が属国から正式に王国の一部になることがシリウスの名の元に宣言されたため、小国の行商人たちで王都はここ数年で類を見ない賑わいを見せていた。
即位前の宣言は小国に波紋を呼んだ。
はじまりの王の時代からベルンシュタンイン王家に仕えた一族であったココアニス家とフローライト家は看過できなかった。
紅の国の現領主———小国の王とは名乗ることはなかった―――リディアス・ココアニス(テオドロスの実父)からの正式の領土返還の書簡が届いた。宣言の二日前にシリウスの手に届いたため、リディアスは宣言を見越していたのだろう。
メノリアス王の御代、小国独立の証である勲章を返還した。
そしてほぼ同時に青の国の事実上の最高権力者であるネーヴェ太后からの十数枚に渡る書簡が届いた。
『王命により独立を認めたにも関わらず、幼稚なワガママでそれを反古にすることは、実に愚かな行為であり、許容できることではない。もはや王家の血は途絶えた』
後半に至ってはもはやその中身はヒステリックと言っていい。
シリウスはようやく座りなれた書斎机で頬杖をつき、呆れてため息をついた。
「つまり、未だに青の国は私の即位には反対だと。公式の宣言前に届いたわけだが、リゲル卿が母君に機密を漏らしたと?」
夏が終わってから、シリウスは中央の棟にある王の書斎に引き籠らなければならない程に多忙を極めていた。
レイニー・ディックとオスカーは叱られる子どものように立たされていた。
「ルーサー候かと、陛下。彼はフローライト家の遠縁ですから」
遠縁と濁したが法務大臣のベンジャミン・ルーサーは太后の従兄にあたる。
「実の息子、それも一人息子を手放しておいて、何を今更———。テレイシオスで矢が放たれることがあっては宣言の意味がない。太后は何が気に食わないのか」
シリウスはまたも深いため息をついた。
「それは―――」
言い淀むディック候に、オスカーは助け船を出した。
「シリウス………。いえ、陛下。リゲル卿から直接聞いた方が良いでしょう。今夜のお食事の後にでも」
「あのリゲルが素直に話すと思うか?」
「それは陛下のお手並み次第かと」
シリウスは露骨に嫌な顔をした。
「ディック候。他の小国からの書簡や報告があれば都度伝えるように。今や王都に行商人がひしめき合っている。多すぎるくらいだ。王都の治安は騎士団に任せるとしても―――」
「………」
「どうした、ディック候。青の国の書簡にそこまで怯える必要はないだろう。他の小国からも何かあったのか?」
「いいえ、陛下。今のところ紅の国と青の国のみです」
シリウスは満足そうに微笑んだ。
「だろうな。白の国は私の即位には元より賛同していたし、橙黄の国と千草の国は王国の権力争いに興味がない。黒の国はナヴィガトリアが北にある以上王国の力を無視できない。今も緊張状態が続いている。早く私を王と認めなくては、兵も送ることができないからな」
羽ペンの先を指で挟み、羽を整えながらシリウスは語る。
昼食の準備があると下がるオスカーに、シリウスはあれこれとリクエストをした。
―――陛下は変わられた。
鎮魂祭の後から、王らしく振舞うことを辞め、むしろそれが女王らしさを助長していた。無邪気に振舞い、無理に命令することを辞め、自分の欲しいものを口にする。
服装すらも、以前は少年のようであったが今はブラウスシャツのワンピースを身に着けている。庶民向けの絵本や菓子の贈り物を喜び、子供らしいものを好むようになった。
年相応になり、女性らしく成長する道に戻ったようだ。