第65話 君の正体(4)
その夜、各々自由に過ごしていた。
クロッカのゲーム盤を見つけたカルマは、リゲルに習いながらアリスタ、ヴェロスと対戦をしていた。負けなしのリゲルに躍起になったアリスタが何度も挑むものだから、ヴェロスとカルマは早々に離脱し、ヴェロスが作った夜食に釣られたカルマはそれを食べてから眠りについていた。
一方、オスカーはフィオーレと天体観測をしていた。
鎮魂祭の間、終わりを告げる夏の夜空は星の海となっていたからだ。
「そういえばこの時代は、星や空に関係する名前が多いよね」
シリウス、リゲル、テオのミドルネームのレグルスも星の名で、フィオーレはグラシアール語で『夜の帳』を意味していた。
「そうですね、王国ではこの大地に立つのは第一の生、そして死後は第二の生が雲の上にあるとされています。星々や空にちなんで子どもに名を付けるのは第二の生でも、大地から目印になるようにと願うものとされています。女神グラシアールは正義と勝利の神でありますが、彼女の子どもたちはこの空と大地に神として存在し、女神はその権能を子どもたちに分けたとか。古よりある風習を守る方は少なくなって来ましたが、カノープス王以来、星の名を冠する方が玉座につくなど僥倖だったのでしょう」
フィオーレの豊富な知識と教養に舌を巻いたが、彼が引き合いに出した話題にオスカーは常々違和感があった。フィオーレはいつもと同じく首をウサギのように傾げた。
「どうされました?」
「前から聞きたかったけれど、フィオーレはシリウスのことになると熱が入るよね」
「そう、でしょうか?」
どうやら自覚はなかったらしい。大きな赤い目を更に大きくした。
「お恥ずかしい。あなたには本心をさらせと諭しておきながら、私は自分の心さえ理解できてないなんて」
フィオーレは私も修行が足りませんね、とはにかんだ。
誰か一人に贔屓目に見てしまうのも、女王相手なら仕方がない。しかし彼は他の七星卿と異なり、初めから女王を値踏みすることなく慕っていた。違和感と言うより、異質と表現する方が近いだろう。稀に、ではあるが、オスカーはそれが恐ろしく感じることがあった。彼の底知れぬ白さと純粋さに―――。
オスカーは盛大にくしゃみをした。夏の終わりとはいえ、夜は冷えた。
「天の川は見えたか?」
ヴェロスが温めたミルクと人数分のカップを持ってきたのは、流石である。
「ええ、十分に。ヴェロス殿も星をご覧になりますか?」
ヴェロスはカルマが寝てしまい、暇を持て余してこちらへ来たらしい。
「アリスタは勝てた?」
「善戦はしているようだがな」
千草の国ではクロッカで遊ぶ風習があまりないが、アリスタは心得があった。しかし、どうやら海賊の独自ルールで覚えていたために、リゲルにあれやこれやと指摘されて、いつゲーム盤をひっくり返すか分からない状態らしい。
「そういえば、テオは?」
日が落ちてから姿が見えなくなったのだが、先刻、厩から音がしたので、どこからに遠出していたのだろう。
「陛下と一緒に、剣を研いでいる。どうやら砥石がお気に召したらしい」
武具のことになると目の色を変えるシリウスの性分では、テオの武具や戦闘における豊富な知識はシリウスにとっては刺激的なものなのだろう。
「抜け駆けか?」
未来のことを知るオスカーから何かを聞き出すことは、シリウスの命令により禁じられた。情報の独占がいかに事を優位に進めることができるのかそれを阻止することも理由の一つであった。
もちろん、ヴェロスの冗談ではあるだろうが、けん制の意図もあり、オスカーを二人きりにさせることを避けたいのだ。ヴェロスの翡翠色の目がオスカーを見下ろした。
「お前はお前の立場を分かっていないな」
厳しいとか辛辣だとかは思わない。彼は事実だけを述べる。
「シリウスが僕を信じたから、皆が僕を信じてくれたこと、分かっているから―――」
「それは違う」
驚くオスカーに、ヴェロスは首を傾げた。
「お忘れですか? あなたが謁見の間で我々に言ったことを」
フィオーレは優しく微笑み、オスカーの手を取った。
「あなたがおっしゃったのですよ、我々にとって大事なことを―――」
「女王が信頼を強要したからではない。お前は俺たちが『この王国を支える女王の真の臣下になる』と公言しただろう。焚き付けられた以上、灰にすることはない。皆の総意だ」
「———っ」
七星卿がオスカーの熱意を汲み、それに応える確信をようやく得たのだと知った。
「あなたが未来を切り開くために、苦しんだこと、皆理解しております。どうかこれからも我々と共にありますよう」
オスカーは二人を見つめて答えた。
「僕がこの時代に来た意味を知れば、何かが分かると思う」
森で彷徨う僕を助けて、ベルンシュタインだと信じてくれたシリウスと、今と戦う七星卿の未来を知りたい。知らずしてどうしてベルンシュタインと名乗れるだろう。
オスカーは満天の夜空に輝く星々の中でひときわ輝く星を見つめた。
同じ星を見つめる者。
かつて高原王クレイモアは、あらゆる戦争を終焉に導くために、敵を臣下に迎えた。
かの旅人は高原王であることを、オスカーは知る由もなかった。