第64話 君の正体(3)
「信じて、もらえるかな?」
紅茶が冷める程に長い沈黙が流れた。
オスカーの言葉に七星卿は皆、唖然とした。
女王の傍にいるだけの少年が、いきなり未来からやって来たなんて言われても、誰だって困惑するに決まっている。それも女王の遠い未来の血縁者であると告げられては、尚更だ。千年も経てば血も薄まるもので、オスカーは全くシリウスと容姿が似ていない。
目の色だけがベルンシュタイン家の血筋の証だが、それだけだ。
皆が頭から足の先までまじまじと見るので、オスカーは思わずたじろいだ。
「嘘、ではないみたいだな」
リゲルでさえもしばし言葉を失い、困惑していた。
「じゃあ、オスカー、君はベルンシュタインの末裔、ということか? にわかには信じがたいが………」
「女王と全く似てないな、オスカー」
「確かに目の色が同じだが………」
「陛下はオスカーのおばあちゃんってこと?」
「いえいえ、おばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんくらいでしょうか?」
「って、千年後ってどんな感じだ?」
オスカーは皆から質問攻めにあい、たじろいだ。
「おい!」
シリウスは庇うが、皆がそうなるのも無理はない。
「えっと、答えられる範囲で答えるよ。大丈夫だよ、シリウス。今は苦しくない」
「だけど………」
「苦しむ? その条件はあるのか? そういえば俺の部屋でも随分と苦悶していたな」
リャンはシリウスに一瞥した。黒魔術に精通している彼ですら、知りえない現象に方に興味があるようだった。
「千年もの時を越え、それも血筋を辿って渡ることなど、ただの呪いとはいえない。どう考える、女王陛下?」
「———、未来のことを話せば、オスカーの心の臓が掴まれたように苦しくなるらしい。恐らく一種の呪いだと思うが。仕組みが分かれば私の手で破壊するんだがな」
シリウスは腰にあるレイピアに手をかけたのでオスカーは思わず飛び上がった。呪いごと心臓を突き刺すのではないかと背筋が凍った。
「強行しないのは賢明な判断だ。呪いを破壊する力を持つ陛下でも、呪いが強ければ伝染する可能性があるだろう。同一の血族、シリウスという共通の名を元に発動する契約、ということもあるが―――」
「僕のミドルネームはエミール………母さんの弟がつけてくれた。エミールが好きな僕の家の祖先の女王の名前で」
———たぶん、この時代に送り出されたこの状況はエミールが関わっているに違いない。
ふむ、とリャンはひとまず彼の好奇心を引っ込めた。他の七星卿の質問の嵐が待っていたからだ。
「俺たちのことも知っていたのか? 初めから七星卿の座につくのだと」
「うん、僕が先走って口に出したから、心臓が痛くなったんだと思う。これから起こり得ることや、未だ知られていないものとか、頭に思い浮かべるだけで気持ち悪くなる。多分、内容次第では心臓が痛くなることもあって」
そして、その審判はエミールが下す。今、苦しくならない理由は彼の指先で決まるのだ。
「慧眼だったな、リゲル卿。流石は神童と謳われた青の国の後継者だ。おおむね当たっていたな?」
「褒めているつもりか、リャン。村の出身なのに文字が読めるのは、怪しいと思っただけだ」
しかしオスカーの正体はリゲルの想像を凌駕していた。
「正直、ちゃんとした証拠はない。だから信じてもらうしかない」
家名を名乗ったところで、本当に千年後の親類縁者だとしてももはや他人同然。
苦し紛れの妄言、と思われても仕方のないことだ。オスカーは非難の言葉を覚悟していた。
「合点がいくこともある。子孫というのであれば女王暗殺の容疑者の候補から外れるな。自分の祖先を殺せば自分もまた消滅するという可能性が高い。守る理由はあっても殺す理由はない。だが、お前がベルンシュタンイン王家の血筋であるのならば、男子であり年長者であり凌ぐお前が選ばれる、と。そういう理由で隠していたんだな、女王陛下? もう少し早く事態を教えていれば、我々も対処しやすかったものだが?」
シリウスは渋い顔をしてリャンの指摘を無視した。
しばらくの間、思案していたテオが口を開いた。
「待ってくれ。陛下が最後のベルンシュタインじゃないのなら、陛下が子を生んだことになるが―――」
つまりこの中の誰か、もしくは全く思いも寄らぬ相手と結ばれたことになる。テオの疑問に七星卿の視線がオスカーに集まった。
誰がシリウスと結ばれたのか。
「———ごめん、そこまでは分からないんだ。というより、覚えていないし、多分歴史書による記述もない。で、でも生まれた子どもの数なら―――」
「だあ! 言わなくていい!」
アリスタはオスカーに飛びついて口を手で塞いだ。
「そういうのは良くない!」
アリスタの狼狽ぶりにオスカーの推測が次第に真実味を帯びてきた。
―――多分、絶対そうだ。いや、今ここで言うのはよしておこう。
それよりも、とリャンはアリスタを剥がして座らせた。
「オスカー、君はどうしてこの時代にやって来た? 手段は知らずとも目的があるんじゃないのか?」
「………それは、分からないんだ」
「分からない? まさか、自分が望んだわけでも誰かの望みを叶えるわけでもなく、意図せずにここに来たっていうのか?」
言い淀んだオスカーに、テオはそうだったのかと同情した。
「僕がここにいるのは多分、おじのエミールが関わっていると思う。時々、彼の姿が見えるから」
オスカーはちらりとカルマの後ろに目線をやると、カルマは慌てて振り返って椅子から転げ落ちた。
「どう思われますか、リャン殿」
「呪い、という類に近いだろうが、現象が複雑すぎる。それ以前に術者の存在定義が曖昧である以上、呪いと断定するには至らないな。千年前と千年後を結ぶ道があれば話は別だがな」
フィオレーの質問に、リャンは手持ちの紐の端と端をつまんで見せて、お手上げだとため息をついた。エミールはいつだって優しくて、僕の理解者だった。だから、分からない。彼が理由も説明もないなんて、考えられなかった。考えたくもない。
「そう悲観することもない」
シリウスは立ち上がり、皆を見渡した。
「これは希望だ。私よりも後世にベルンシュタイン王朝が続き、その血が今のオスカーへと繋がっているのなら、私が成すことも、私が生きたことにも意味がある。だから、皆に頼みたい」
―――…………。
シリウスの願いに、皆も、オスカーも驚き笑って頷いた。