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第63話 君の正体(2)

 天気が良く、手入れされた芝の中央に用意された屋外にある丸太のテーブルを皆で囲んだ。大樹が近くにあるおかげで木陰の下で食事を摂ることができた。

 煙で燻した鹿肉を香辛料と塩で味付けして朴の葉の上で焼き、胡桃のソースで濃い味付けをした。多数決でパイが食べたいというので、鹿肉に合わせて少し砂糖で甘くした果実のパイをオスカーは作った。濃く淹れた紅茶を冷水に溶かし、飲みやすくした。

「陛下、お食事が進んでいないようですが………」

「いや、何でもない」

 シリウスはカルマの四分の一もパイを食べていなかった。パイはシリウスの好物だ。顔を曇らせた理由にテオは心当たりがなかったが、彼の向かいに座っているヴェロスとアリスタはテオの視線に気が付いたが、目を逸らした。何かを知っていることに気が付いたテオはわざとらしく喉を鳴らしたが、それでも誰も何も言わない。

 テオはカルマに耳打ちした。

「陛下と喧嘩でもしたのか? またリゲル卿か?」

 頬にパイを詰め込んだカルマは首を横に振った。

 大皿に盛りつけてあった最後の鹿肉。普通ならば身分の高い者に伺いを立てるものだが、カルマが先に手を付けても誰も咎めなかった。

 食事の皿も片づけぬまま、二杯目に用意したのは温かい紅茶。お茶請けには薄いビスケットと野イチゴのジャム。毒見を不要とする食事の場では最も身分の高い者から手を付けるのだが、シリウスがカップにも小皿にも手を伸ばす素振りすらないので、膠着状態だった。

 シリウスがようやく紅茶に口をつけても、七星卿の誰もカップに手を伸ばさなかった。彼女は怒りを含んだ語気でリゲルに言い放った。

「最初に聞いておきたいことがある。リゲル卿、貴殿は何故オスカーを調べたりした?」

「暗殺はこいつにできないことは明白だった。けれど素性が分からない。だから暗殺以外のことで疑っただけだ」

 答えを用意していたのか、淡々と答えたリゲルの冷たい色の目はオスカーを捕らえた。

「お前自身のことには矛盾が多すぎた。ツィン神殿近くの廃村の出身でそれで女王と出会ったと言っていたな。だがお前には弟と妹がいることも聞いている。だが神殿の近くのどの村もまだ健在か、数年前になくなっている。仮に弟妹が生きているのなら、その安否を一度でも口に出さないのは何故だ? お前が家族への気持ちが離れていないのなら、生きているであろう幼い弟と妹を見放してここにいるわけがない。俺の買い被りでなければな」

 リゲルの説明に、オスカーは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。七星卿もシリウスも手を止めて黙って彼の言葉を待った。

「ここからは俺の勘だ。証拠はない」

 リゲルは言いにくそうに言葉を繋いだ。

「オスカー、お前は、本当はこの王国の、いやこの大陸の出身ではないだろう。大陸の彼方、海の向こう、それよりももっと遠いところから来たんじゃないのか? 戦争の存在は知っていても、戦争がどれだけのものかを見たことがない。

自分を偽ることに不向きで、偽る度に歪められるほど程弱くなくとも、心が削られているのは分かる」

―――どうして………。

「もし、お前がここにいるのがお前の意志ではなく、女王意外の何者かに強制されているのなら、ここよりも平和で戦争のない故郷があって、帰る手段がなくて迷いの果てにここにいて、お前に家族がいるのなら、お前はここにいるべきじゃない」

 シリウスはリゲルの説明に驚愕した。いつもの敵意ではなく、毒気が抜かれたようだった。

「————っ」

 頬を伝い、流れるそれが涙だとオスカーが気付いたのは皆の反応を見たからだった。

「おいおい、本当なのかよ」

「———」

「それでも、お前は話せないんだな」

「———オスカー………」

 シリウスはオスカーの手を握った。

「皆にも聞いて欲しい」

 懺悔にも近い告白に、皆真剣な眼差しでオスカーを見つめた。

「———僕は、その………。少しでも真実に触れれば、眩暈と吐き気も、息が出来なくなるくらい苦しくなる。解き方も知らない、そもそも呪いかどうかも分からない。どうしてこうなったのかさえも………。僕は怖い。本当にあり得ないことだから。今の僕と同じ境遇の奴がいたら僕だって信じない、疑うよ」

 謁見の間で「七星卿」と皆の前で初めて口に出した時、胸が締め付けられた。

「———真実?」

 テオが投げかけた疑問にシリウスが答えた。

「だが私は信じた。私には真実を話してもオスカーは苦しまなかった。だから、私だけは知っていた」

 オスカーは向かい座るフィンとカルマの背後に立つ人影を見た。彼はいつもように柔らかく笑い、オスカーと同じ金色の目で瞬きをした。

―――エミール………。

 彼の姿は誰にも見えてはいない。オスカーにだけ見えるエミールは幻覚に違いなかった。それでも彼が目の前に現れる限り、オスカーにとっては存在しているものと同義だ。

―――君は知っていたんじゃないのか。

 口元にひとさし指を出して秘密を守るように微笑を浮かべて立つ彼は、その指を下ろし、目を瞑った。

 そして森の奥から運ぶ風に彼は消えた。

―――今、この時、なのか。

 オスカーはテオを、リゲルを、アリスタを、ヴェロスを、フィオーレを、カルマを、リャンをそしてシリウスを見た。




「僕の名前はオスカー。オスカー・シリウス・ベルンシュタイン。千年後の未来から来た」



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