第58話 真実の声(5)
幾重にも重ねられた謎が一つ一つ暴かれていく。
しかしその残酷な推測があまりにも真実味を帯びて、皆眉をひそめた。
そして謎に包まれたメアリー・ホーソン、彼女自身についてはテオが調査していた。
「ホーソン家には自分が足を運びました。王都外のアイギアロス領付近の村の商家で一時は財を成したと聞いています。彼女の母親は二年前に病気で亡くなっていて、父親も今は草の根を食べるような貧しい生活をしていました」
「娘が城に仕えているのに、ですか? 彼女は仕送りをしなかったのでしょうか?」
城に仕える女中は名家の遠縁であることが多い。身元が確かであり教養がある女性が好ましい。故に給金も悪いものではなく、城勤めを辞めてもしばらくは贅沢な生活が送れるだろう。
「メアリー・ホーソンは陛下が王都に来る数日前から女給として仕えていたので、まとまった金はなかったのかと思いますが」
「暗殺に失敗したとはいえ、コイン一枚も入らないとは」
「………」
オスカーは思わず、心中複雑であろうシリウスを見た。
「それで? 無論ホーソン家に援助をしたのだろう? テオドロス卿」
「は、勝手とは思いましたが………。しかし、自分が訪れた時には、父親は娘のことを何も知らされていないようでした。後日、ディック候が見舞金を贈られましたので、恐らくその時に―――」
ホーソン家についてはリゲルが小評議会の調査の片手間に調べていた。
「ホーソン家は長い間王家に仕えていたことが分かっているが、メアリーが最後だったようだ。それ以前はメアリーの叔母が二年間城に仕えていたが、病を理由に実家に戻ったとか。先々代から宝石商に手を出したようだが、どうも多額の負債を抱えることになったことが露見して居づらくなったのだろう」
その借金は父親とその娘メアリーで一生をかけて返し続けられる金額ではない。
それを一度に返す方法を知ることになれば、彼女はどうするだろう。
「女王を殺害すれば、ホーソン家の借金を減らす約束をした者がいるということか?」
「可能性は高いな」
弱みを握りそれを利用する卑劣な敵の刃が、女王と七星卿の喉元を掠めたのだ。それも
「メアリーの遺体を私は見ていない。彼女は、いくつだった。テオドロス卿」
シリウスの言葉に怒気を含んでいた。命を狙われたことにではなく、彼女を利用とした者がいかに下劣であったか。
「十八と聞いています、陛下」
「私の命が欲しいのなら直接狙えばいいものを―――」
彼女は理解できないのだ。いかに自分が狙われる玉座にいるとはいえ、目的が許せても手段は看過できない。
「すまない、続けてくれ」
ため息を一つつき、冷めたハーブティーを飲み干したシリウスはようやく落ち着きを取り戻した。
「ホーソン家の借金を肩代わりしていたのはどこの誰だ。それだけの額を動かすことができる家など限られてくる」
リャンだけではなく、王国の南部事情に詳しいものなどこの場にはいない。
「クリスタル家だと、メアリーの父親はそう言っていた。元はその家にメアリーを奉公に出すつもりだったらしいが、クリスタル家は数年前に火事で一家全員亡くなっている」
「なら、借金なんか無くなって万々歳じゃねえの?」
幸運ではないか、とアリスタは肩をすくめた。
「そうなっていないということはクリスタル家に代わる家が現れたということか? 酔狂というか、ホーソン家にとっては左から右へ移っただけではないか」
「肩代わりした借金の名義は未だにクリスタル家で、借金はメアリーが負っていた。ホーソン家ではそれ以上のことは分かりませんでした」
テオは口に出すことはなかったが、それ以上の追求ができなかったのは父親の心身の状態が良くなかったからだろう。
「これ以上はホーソン家を調べても仕方のないことだ。クリスタル家の素性を調べる必要がありそうだな。知っている者は………いるわけがないか」
「ヘクトル・グリシアはどうかな? 彼なら色々と知っていると―――」
「………」
図書館に居座る変人の名前を出しただけで皆、表情がげんなりとした。失言だったかと思ったがリゲルは適任だと同意した。
「あの男なら多少は知っているだろう。そして条件次第で口は閉ざすに違いない」
リゲルには申し訳ないが、ヘクトル・グリシアを制御できるのは彼だけだ。色々な条件を出してくるに違いないが、リゲルに委細を任せることにした。あのリャンですらあしらうのに苦労しているのに、相性や適材適所というのはあるのだろう。