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第49話 究明する魔術師(6)

第18話の直後の話です。

 静まり返った食堂の中。

 一人だけ走る獣のように息を荒くして立ち尽くす少女は、強く握っていたレイピアの柄から手を離した。

「陛下、お怒りは収まりましたか?」

くつくつと愉快に笑う黒服の男を少女は睨みつけた。その琥珀色の目は煌々と光り、紅をさしていないのに薔薇の花弁のように赤い唇を、少女は強く噛んだ。

「収まったように見えるのか?」

「いいえ、陛下」

 強がる少女に黒服の男、リャンは鼻で笑った。

 オスカーを退席させ自室へ謹慎させた後、扉を内側から締め切った食堂で女王と七星卿の間には緊張が走っていた。

 八人は毒が盛られたままの皿、冷えた食事を囲んでいた。

 状況に委縮してしまったカルマは震え、近くに座るフィオーレの顔色を窺い、リャンと目が合うと蛇に睨まれた野ネズミのように固まってしまった。

 再度、席に着くよう促したシリウスだが、アリスタ、ヴェロス、リゲルは従わずテーブルから離れたところに立っていた。

 テオドロスは目で訴えたが、反抗心の強い三人は従わなかった。

 シリウスは七人を見渡し、感情的になった先ほどとは違い、賢者のように冷静に問うた。

「改めて問おう。貴様らはオスカーが私たちを暗殺しようと企んだと本気で思っているのか?」

 真っ先に口に開き、食い気味に答えたのはリゲルだった。

「あり得ないな」

 シリウスはもちろん、他の七星卿の視線が集まった。

「リゲル卿に同意だ」

 キセルを吹かしたリャンは当然のように毒で溶けた皿に灰を落とした。

「何だよ、お前らが一番疑ってかかってただろうが!」

 アリスタは手のひらを返した二人を非難した。

 意味が分からないと怪訝になるアリスタに、リゲルは呆れたように顎でテーブルを見るように促した。

「理由は明白。サジャの実だ」

「は?」

「流石、慧眼だな、リゲル卿。神童と謳われただけはある。サジャの実に毒性はない」

 ぐずぐずに溶けた肉を二度見したアリスタはリャンに疑いの目を向ける。

「毒は食事には盛られてはいない。この銀器に塗られていた。ああ、ナイフの刃先に触れるなよ、カルマ。毒は無色透明、無味無臭の『砒霜(ひそう)』と呼ばれる毒だ。この国ではクロード石と呼ばれているな」

 シリウスのミドルネームであるクロードと同じ名前の毒を用いてそして女王か七星卿の誰かを毒殺しようとした。女王への皮肉が随分ときいている。

「サジャの実に毒がないことはフェーリーンにいる者ならば誰でも知っていることだ。だがオスカーはそれを指摘しなかった。身の潔白を示すには十分たる主張だが、それもしない。つまり奴は知らなかったのだ。サジャの実そのものが何たるか」

「俺もサジャの実なんて知らねえけど」

 リャンの遠まわしな嫌味が無知なアリスタに跳ね返ってきた。

「サジャの実は北部でしか手に入らない木の実だ。乾燥させ、粉にしたものを橙黄の国ではスルージャという香辛料に使われている」

「あれ、木の実だったのか!」

 ヴェロスの説明に納得、とアリスタは大きく頷いた。

 事態を究明するリャンに、ただ一人黙したシリウスはまた唇を強く噛んだ。彼女に牙が生えていれば噛みついていただろう。

「何故それをオスカーの前で言わなかった?」

 滲み出る怒りの矛先はリャンに向けられた。

「失礼、陛下もご存知ないとは思わず、こちらの演技にのったものと思ったもので」

 リャンは恭しく頭を下げた。

「ですが、オスカーの言動に矛盾が生じたのも事実。どんな理由であれ、この場から退席させるべきでしょう」

「つまり貴殿はオスカーがやっていないと分かっていて、罰しろというのか?」

「罰を与えるかどうかは陛下の御心次第。しかし、陛下が感情的になる程、あの男に思い入れでもあるのですかな?」

「リャン卿、言葉が過ぎるぞ! 側近を案じることに何のおかしいことがある?」

 騎士はリャンを咎めるが、本人は意にも介していない。

「貴殿は俺を命じる資格はない、飛龍の騎士。貴殿こそ、出しゃばるのは女王に気に入れられていると勘違いしているからか?」

 飛龍の騎士を恐れず、侮蔑の言葉をつらつらと述べるリャンに感心したアリスタは思わず口笛を吹いた。

 テオドロスは不快に思う素振りはなく、ただリャンの言葉の真意を探ろうと睨み合った。

 更に緊張感が高まる双方の間に、凛とした声が割って入った。

「リャン卿、それ以上悪態をつくならば先に貴様を牢に繋ぐ」

 リャンは呆れたように深くため息をついた。

「お分かり頂けたかと思いますが、この事態の究明には礼儀や上下関係を気にしていては真相に辿り着くことはできますまい」

「貴様ならば我々を害した主犯を捕らえることができるというのか?」

「無論です。しかしそれには陛下と七星卿皆の協力は不可欠。それから、オスカー卿と陛下のご関係については説明頂けるのでしょうか?」

「好きに解釈するがいい」

 脅しに近い挑発でも頑なに語ろうとしない女王に、リャンだけでなく他の七星卿も違和感を覚えたらしい。彼らの不信の視線は女王に向けられる。

「いずれにせよ、白烏(ゼネロ)殿は実に良い提案をされた。我々だけで女王、オスカー両名の護衛と監視をすれば、主犯も尻尾を出すでしょうな」

 フィオーレは胸に手を当てて、恭しく頭を下げた。

「ようございました。しかし、私のことはフィオーレとお呼びください、リャン卿」

 白い妖精はにこりと笑みを浮かべた。

 僅かに雰囲気が好転したのを見計らい、びくびくと引っ込んでいたカルマは挙手をした。

「どうして………。どうして! 女王陛下や僕らが狙われるの?」

 悪いことをしていないのに何故、命を狙われるのか? カルマはそれがずっと疑問だったらしい。

 呆れた表情を浮かべたリゲルやアリスタと違い、リャンは何故か満足気だ。

「いい質問だ、カルマ卿。

女王並びに我々は、王都で最も高い位置にいる。しかし我々は王都に来て一年と経っていないにも関わらず、約束された権力を持ち、それを振りかざす権利を持った。長く王家に仕える名家を差し置いて、だ。それは不条理や不平等に耐えられぬ者たちの嫉妬の対象になり、我欲に満ちた者たちを暴走させることになる。今まさに野放しになっているといい」

「………」

 カルマはリャンの言葉を傾注し、ごくりと息を呑んだ。

「オスカーを利用し、我々を仲違いさせ陥れようとしている者がこの王都、いや城内にいるということか」

「普段使わぬ頭を回すな、飛龍の騎士」

 黙っていたアリスタが突然声を上げた。

「待て、勝手に話を進めるなよ! オスカーがどうであれ、この中の誰かがオスカーを使った可能性だってある。普通に考えて女王の次に玉座に近いのは俺たち七人だ。邪魔者を排除しようとするのは自然なことだぜ? 女王陛下、あんたが俺たちを疑わない理由は何だ?」

 壁にもたれていた銀髪の少年、リゲルは嘲笑った。

「貴様の言う邪魔者というのは玉座を狙う者としてということか? 随分と幼稚な発想だ」

「あんだと? お前こそいい子ぶりやがって。お前が一番、玉座を狙ってんじゃねぇのか? 知ってるぜ、お前は自分の母親から―――」

「もう、黙れ」

 ヴェロスはアリスタの頭を叩き、そして椅子に無理矢理座らせた。

「おい、何を―――」

「………」

 続いてリゲルをアリスタと二つ離れた席に座らせた。力では負けるのかリゲルの抵抗は虚しいものだった。

「続けてくれ、女王陛下」

 ヴェロスはアリスタとリゲルの間に座り、双方に睨みを利かせ、全員が席に着いたところでシリウスはレイピアを鞘ごとテーブルに突き立てて、立ち上がった。

「私がお前たちを信用する理由はただ一つ。オスカー(あいつ)がお前たちを信じるように私に言ったからだ。幾度となく、繰り返しな。あいつの言葉がなければお前たちの言うことなど信じるわけがない」

 結局は女王の信頼の秤は女王と年の変わらない側近の少年一人にある。

 少年少女の恋心という可愛らしいものではない。これはただの妄執だ。

 その場にいる七星卿は皆、その違和感に気が付いた。

「私とオスカーにそれぞれ貴殿らが付き添うというのなら、こちらからも一つ条件を出そう」

「おや、提案ではなく条件とは?」

 この場での皮肉屋を買って出たリャンは、この場での女王への発言全てに意地の悪いことを言う。

 それでもシリウスの声は隙を与えない。

「オスカーの見張りの者が翌日私の護衛役となれ」

 ほんのわずかな動揺が七星卿の間に広がった。疑問、だけではなく新たな疑心を生み、彼らは口々に発言した。

「それに何の意味が? いえ、陛下のご命令とあれば―――」

「信用しているという割に随分な仕打ちだ」

「奴に何かすれば、女王自ら手を下すということか?」

「———そうだ、異論は認めない」

 テオドロス、フィオーレ、カルマは快諾したが、リゲル、アリスタ、ヴェロス、リャンは渋々認めた。

「ならばこちらも提案だ。女王陛下、事態の収束までオスカーと接触することは控えてもらおう」

 分かりきっていることを念押しに、シリウスは眉間にしわを寄せた。

「そんなことは分かっている」

 

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