第48話 究明する魔術師(5)
リャンはオスカーにこのまま待つように指示し、厨房へと向かった。給仕に頼めばいいところだが、城の者は使えない、信用ならないと初めから拒んでいた。彼らしいといえばそうなのだが、何かと不便なはずだ。
オスカーは思ったよりもリラックスした自分に驚いた。
散らかっているようで整っている部屋の様相がエミールのものと少し似ているからだろうか。
まさかリャンと想像よりも穏やかな時間を過ごすとは思わなかった。
脅されたり、妙な薬は盛られたりはしたけれど、そこは目を瞑らなくては………。
戻ってきたリャンの手にはクロッシュ(銀製の蓋)が被せられた料理を持ってきた。
「リゲル卿からの差し入れだ」
酢と塩で味付けされた若柳葉魚(夏にとれるシシャモ)を揚げ、ピクルス、スライスチーズで味を調えたソテーだ。
「え? リゲルがこれを作ったの?」
「何を今更驚く? 厨房で丁度昼食を作っていたのでな」
グラン・シャル王国における身分の高い男性は、乗馬、剣、料理を幼い頃から教育を受ける。特に魔術の素養が高い者は、料理にも精通しているという。リゲル、ヴェロスは特に進んで厨房に入っては料理をしているらしいが、ヴェロスは料理が得意であるとは聞いていたが、リゲルまで、とは知らなかった。
ヴェロスの香辛料をメインとしたものとは違い、リゲルの料理は繊細な味付けだ。見た目も凝っていて、三種のハーブで彩りを添えている。口に広がるさっぱりとした酢の味は、暑い季節に丁度良い。
「最近は魚料理に凝っているらしい。そういえば、口留めされていたが………。まあ、ガキのつまらん見栄だ」
「リゲルも可愛いところあるんだね」
リャンはソテーのソースにバケットを付けて食べた。
「ほう、将来的には女王の夫に近いのはリゲル卿か? 年も同じ、星の名に由来する共通点もあるしな」
「まあ、でも。二人とも素直じゃないからなぁ」
「それは同意する」
苛烈と冷酷。相反する二人の性格は正直合わない。リゲルも立場上仕方なくシリウスを女王として認めているだけだと公言する程だ。
「二人の間に子どもできたら絶対、美男な美女だから。僕としては期待したいんですけれど」
「オスカー卿、意外とお前も下劣な話しを好むのだな。この王都に来て一番の衝撃だ」
「いやいや、これくらいは可愛い恋の話でしょう?」
二人はリゲルの手料理を堪能し、オスカーはリゲルに御礼を言わなければ、と心にとめた。
「疑問だな。どうしてお前は俺を疑わない?」
「………え?」
またも始まったリャンの唐突な質問に、オスカーは体か硬直した。しかしリャンは微笑んで手をひらひらと煽いだ。
「お前はリゲル卿の作ったものだと疑わずに食べた。仮に奴が作ったものであっても、ここの部屋に来る道中に毒を入れることも可能だったんだが。お前は疑う素振りもない」
「…………」
「単なる俺の好奇心だ」
「それは―――」
オスカーは言い淀み、目を伏せた。
「俺だけではない。女王も七星卿も、お前は何故無条件に信じられる? お前を利用し裏切る可能性だってあるだろう。凶器は毒だ。俺を疑うのが先決だとは思わないのか? あの朝食も何者かの狂言かもしれんぞ」
リャンはオスカーの猜疑心を試したいのだろう。彼はそうして罠をしかけることで人の心に探りを入れて、恨まれる覚悟で本性を暴き出そうとする。
だが、リャンの問いに対する答えはすでにオスカーは持っていた。
「それは、僕が知っているから。君たちがこの国のために生きていることを」
「どういう意味だ?」
余裕のあったリャンの顔が怪訝な表情を浮かべた。
「リャン」
オスカーは今までにない高揚感に満ちていた。
「いつか君たちに話す。僕が君たちを信じられるわけを」
立ち止まり、悩み、砕けても。
王道を歩むあなたたちを僕は見届けたい。
エミール、たとえあなたが僕をここに導いた人ではなかったとしても、僕はあなたに伝えたい。