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第46話 究明する魔術師(3)

 長い夢を見ていた気がした。

 海の底に沈むような感覚の中に落ちていた。

「———っ」

 オスカーの目の前に、くりくりとしたつぶらな瞳と小さなくちばし。首を傾げる小鳥が一羽。口を広げて起きろ、とけたたましく鳴き、オスカーに催促しているようだった。

いつの間にか眠っていたらしい。オスカーは寝具に上で毛布もかけられていた、肌触りの良い上等な鹿の毛だ。

 目がくらむ程に眩しい朝日が差し込んでいる。

「目が覚めたか、いや、おはよう、というべきか?」

 けたたましく鳴くヒバリは気にせずその場から飛び去った。

 朝日を浴び、窓の外から訪れるヒバリと戯れる黒服の人。

 微笑むリャンの口元から八重歯が見えて、年齢が二十三というがあどけなく見えた。

「ここは………」

「俺の部屋だ。記憶まで失くしたのか?」

「いや、さっきまでいた部屋には、ベッドなんてなかった気がしたから」

「あれは隣の部屋だ」

 部屋の奥にある扉の向こうには確かに研究室がある。つまりオスカーが横になっていた寝具はリャンのものということだ。

「じゃあ、リャンは寝られなかったんじゃ」

「俺はどこでも寝られる」

「………」

先入観とは本当に恐ろしいものだ。謎めいていて怪しい人だと思い込んでいた。

リャンだって寝具で寝るし、小鳥と戯れている。そしていつの間にか眠りについた少年に寝台を譲る優しさもある。

意外な一面なのではなく、これが彼の本当の姿なのかもしれない。

朝食に、と黒の国の定番の朝食を振舞った。

お湯で煮た麦とは違う白い穀物に塩気の強いピクルスを添えて頂くもので、リャンが黒の国(アンシュー)から持ってきた食材で作ったのだという。

王都、紅の国(エカルラート)青の国(セレスト)の食文化は似通っているが、黒の国は小国と全く異なる食文化だった。王国の料理は油っぽくて食べられたものではないと、リャンは愚痴をこぼしていたが、確かに黒の国の食事はさっぱりとしていて口当たりがいい。ピクルスがアクセントになっていて器いっぱいに入っていたのにペロリと平らげてしまった。

「この釜、何か薬品使った後のものじゃない、ですよね?」

「だったらどうする?」

二杯目を所望したいオスカーにとって悩むところだ。冗談や皮肉を好むリャンのことだから薬品と混ぜることなどしてはいないだろう。

オスカーは遠慮なく二杯目、三杯目を食べた。

最悪に近かった気分が、その料理のおかげで人心地ついた。薬膳料理というらしい。黒曜人が長生きだと言われるのには、この料理が健康の秘訣なのかもしれない。

リャンはさて、と話を切り出した。

「何を見たのか教えてもらおうか? それにしても効果覿面だな」

 リャンの質問に答える前に、聞き捨てならない言葉がありオスカーは質問に疑問で返した。

「こうか、てきめん?」

「お前が眠る前に飲んだ茶には、フレイの雫と呼ばれる心を惑わせる薬が入っていた。元来、間者に自白させるためのものだが、それすら許されなかったようだな」

「は? 自白?」

 さっきまでの夢遊の錯乱状態、仕組まれたことだったのか?

 オスカーは顔をひきつらせたが、リャンを責めることはできない。結局自白剤の効果は得られなかった。リャンが朝食を振舞ったのももしかしたらその詫び、埋め合わせだったのかもしれない。

「フレイの雫をもってしても有益な情報を漏らさなかった。つまり俺は一つの結論にたどり着いた」

 リャンは指先で回すキセルをオスカーに向けた。

「お前は呪われている」

「———え?」

「それもかなり複雑で高度なものだ。かけた術者に心当たりはないのか?」

 耳を疑ったが、思い当たることがある。

―――まさか。

 オスカーは思わず口を手で覆った。

「これで得心がいくことが一つある。お前が紫の国の贈り物の箱に触れても何もなかったのは、更に上位の呪いの耐性があったから、ということだろう。あの箱には間違いなく呪いがかかっていた」

 リャンは顎で扉の近くに立てかけてある板張りの蓋をさした。

「まあ、常人には触れられぬという、呪いと呼ぶにもおこがましいくらいチンケなものだがな………。それで? エミールとは誰だ? うわ言で何度も口に出していたが」

「———エミールは僕の名付け親。僕のおじで―――っ」

―――あれ? エミールの名を口に出しても、心臓が痛くならない。

 それもリャンが飲ませた薬の効果なのか?

 エミールのことを少しでも語ろうとすれば、心臓が掴まれた感触になった。

 つまり呪いはエミールがオスカーにかけた術者であるはずだ。

幻覚を見ただけでもあんなに苦しかったのに、どうして。

「つまりはその呪い、かけたのは『エミール』とやらではないらしい。それ程強力な呪いならば術者の名を口にすれば、かけられた者は大概死ぬ。お前のおじというのなら尚更か」

 甥に呪いをかけるなどあり得ることではないと、常識的な回答をするリャンに、オスカーは思わず顔をしかめた。けれど一体誰が、オスカーに呪いをかけたというのだ。

「術者を特定できなければ解くことも叶うまい。そのエミールとやらの幻覚が見えたのもただの呪いの副産物にすぎん」

 まるでオスカーと同じものを見ていたかのような口ぶりだ。人の幻覚を覗き見するなんて趣味が悪い。

「体が蝕んでいる感覚になっていないか?」

「それはリャンが盛った薬のせいでは?」

「だったら何だ」

「これも呪いのせい、なんですか?」

 どうやらリャンにとってはからかうことは息をすることと同義らしい。

 リャンの冗談にもだいぶ慣れてきたオスカーは聞き流す術を確実に身に着けていた。

「呪いの力が強める原因はいくつかあるが、お前の場合は明白だろう。自覚があるんじゃないか? 呪力を強める理由は様々。嫉妬、怨恨、妄執………。他にも誰からか不信の目を向けられている、とか」

 リャンの言わんとしていることをオスカーは理解した。

「僕自身が呪いを強くしたって言いたいんですね?」

「お前は人と衝突をさけるために自分を偽り演じた、演じ続けることにすら快感を思えず、不遇や理不尽を受け入れた。それが呪いを強くしている原因だと自覚させるのに、俺はいくつ言葉を重ねればいい?」

 その上、飽き性であるリャンは皮肉を添えて話題をすり替えた。

 そして袖の中に手を伸ばし、指先で取り出したそれは日差しに反射してきらりと光った。

「これは俺と女王からの心遣いだ」

 差し出されたのは淡く美しい桃色の液体が入った小瓶。一見、濁りの全くないジュースや染色液のようだ。それとも女性が喜ぶ香料、だろうか? オスカーはそれが

「眠ったように死ねる毒だ。黒の国の皇帝は老いて死ぬ前に苦しみから逃れようとこれに手を伸ばす」

 オスカーは言葉を失い、血の気が引いた。

 宝石のように美しいそれは、容易に人の命を奪えるもの。

 動揺したオスカーの心の隙をリャンは見逃さない。

「飛龍の騎士は初めからお前に親切だったろう。あれは弱い人間には甘い。つまりお前は敵ですらなく、王の庇護にあるものならば全てを受け入れるだけだ。さあ、どうする? 飛龍の騎士を呼ぶか? それとも女王に泣きつくか? 扉は開けてある。心配は無用だ。ああ、それとも従順なお前のことだ。女王にも何者にも迷惑をかけず、消える選択肢もある。

それもいいだろう。お前が死んでも遺体は焼いて捨てて、行方不明ということにしてやろう」

「———っ」

 つらつらと愉快にまくし立て、部屋の中を歩きながらオスカーを見下ろした。

「しかしそうだな。ここまで女王に仕えた臣下への報償というものもくれてやらねば、女王の顔も立たないだろう。何故、黒の国には魔術師が多く、忘れられた者(インドーレ)と呼ばれるかわかるか?」

謀略と隠匿のとも呼ばれる黒の国。その内情を知る王都の人間はほとんどいない。

「誰も黒の国の魔術を知らないのは、黒の国の魔術師が皆、忘却の魔術を扱えるからだ。

お前が望むならば、ここ数か月の記憶を奪う忘却をかけてやる。お前がその覚悟を差し出すというのなら、俺が王都外に逃がしてやってもいい」

 彼の言葉は甘い毒だ。毒があると分かっているのに、手を伸ばしてしまいたくなる。

そう、これが楽になる道だ。

 見たくないものを見ず、迷うことも悩むこともしなくていい。

 手を伸ばすリャンの冷たい視線。寒くもないのに、体の芯が冷えたように感じた。

「さあ、どうする?」



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