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第44話 究明する魔術師(1)


 城内が静寂に包まれる真夜中。

 城の庭に住むフクロウの鳴き声が遠くから聞こえてくる。

 一室だけ蝋の火が灯り続けている部屋があった。影を落とさないよう、蝋燭をじっと見張っているカルマは、目を擦り、眠気と戦っていた。

 ヴェロスの傷は深く、城につく頃には高熱が出た。フィオーレの治療を受け、真夜中にはようやく快方に向かった。

 ヴェロスの自室には、フィオーレ、カルマ。そして公務を終えたシリウスが入室し、オスカーはテオと共に扉の外で控えていた。城に戻ってきてから貝のように口を閉ざしたオスカーに、テオも話しかけることも目も合わせなかったが、今のオスカーにとってそれは幸いした。

 フィオーレは安堵のため息をつき、終始黙ったままだったシリウスに微笑みかけた。

「安心してください。傷は深いですが、命に別状はございません。応急措置が良かったのでしょう。血を流しすぎていますので、しばらくは安静にしておいた方がいいですね」

 フィオーレは手際よく薬を片付けて、一息ついた。

「本当に? ヴェロス大丈夫なの、フィオーレ?」

「大丈夫じゃない。カルマ、俺は甘い物は嫌いだ」

 カルマはわざわざ取っておいた菓子を持ってきたがヴェロスに拒否され、頬を膨らませた。夕方まで血を失い過ぎて顔色が悪かったヴェロスは悪態がつける程に回復し、カルマの頭を撫でた。

「辛い物がいい。辛い物が食べたい」

「ワガママが言えるなら大丈夫ですね」

「そうか、手間をかけたなフィオーレ卿」

 フィオーレはシリウスに恭しく頭を下げ、眠気の限界を迎えたカルマの手を引っ張って部屋を出た。

 シリウスは一言、二言ヴェロスと言葉を交わして部屋を出た。小声だったため、何を話していたか分からない。

 ヒールのあるロングブーツが床を蹴り闊歩する音に、オスカーの心臓は跳ねた。

 ベージュに染まったシルクシャツ、高貴な者にのみ許された金糸の花をあしらったマント、キュロットという短いズボンだがロングブーツで足を隠しているが、寧ろ彼女の少年らしさと気性の強さを象徴していた。

 この一か月近くの間に彼女の服装が様変わりしたことすらも、オスカーは知らなかった。

「…………」

「…………」

 一瞬、よく似た金色の瞳が交差した。表情はどこか暗く、いつものように睨むこともしない。言葉を交わさなくてもほんの少しならば彼女のことは理解できたが、今は何を考えているのか分からない。

「陛下、今よろしいでしょうか?」

 テオが駆け付けたのは、除名された騎士が剣を持っていたことを知り、謝罪するためだったらしい。シリウスの前で膝をつき、頭を垂れた。

「陛下、この度は自分の監督不行き届きで、とんだご迷惑を―――」

「その件は、明日アリスタ卿を交えて話をする。貴殿ももう部屋へ戻れ」

「はっ。それでは、陛下の部屋まで同行いたします」

「いらん」

 オスカーはヴェロスの部屋の前で一人取り残された。自室にはすぐに戻らず、庭園に寄り道をすることにした。

 灯りは全くないはずだが、月光が噴水に映り、歩くくらいには明るい。

オカリナのように響く不吉だというフクロウの鳴き声は、オスカーにとって心地の良いものだった。噴水の水面をぼんやり眺めながら思いに耽った。

 臣下の身を案じ、物怖じせずに騎士に命じる。

 彼らは恭しく応じ、しかしそこには信頼関係が垣間見えた気がした。

 ———随分と女王らしくなっちゃったなぁ。

シリウスのことを知っているというのは、大きな意味を持っていたのだろう。

 何を今更。むしろ喜ばしいことじゃないか。自分が公言し、望んだことだというのに。

 自嘲気味に笑ったことに、オスカー自身も驚いた。彼らの輪に入っていけない孤独感から胸が痛んだ。

 自室に戻ろうか、もう少しフクロウの鳴き声を聞いていようかと悩んでいた時だった。

「こんなところで何をしている、オスカー卿」

「————っ」

リャン・シェン。

暗闇から届く低い声に、オスカーは思わず立ち上がった。声の主は灯りも持たずに噴水の近くにオスカーがいることを見抜いた。闇夜に溶け込む黒衣と黒髪の影。この王国でこの人程夜が似合う者はいないだろう。

「夏とはいえ、夜は冷える。さっさと自室に戻れば良いだろうに」

「少し、夜風を浴びたくて―――」

 不適な微笑を浮かべ、ゆったりとした足取りで彼はオスカーの前に立った。

 まただ。この人、本当に足音もしない上に気配がしない。

 オスカーは一歩、二歩と後退した。

身を案じて部屋に戻れと言っているのではないこと、意味もなく声を掛ける人ではないことはもう分かっている。

「しかしまあ、ちょうどいいな。俺の部屋に来るがいい。明日は俺が貴殿の見張り役だ。どうせ数刻で夜が明ける。今回の土産話でも聞かせてもらおうか」

 眠りたい、という気持ちもあったが、この人に逆らう方が危険だと、オスカーのなけなしの本能が警鐘を鳴らした。

「見張るのが面倒だから、今のうちに始末しよう、とかはないんですよね?」

「っははは。いい冗談だ。そして良い警戒心だ。女王の仕込みが良かったんだろう」

「………」

 オスカーは逆らえず、七星卿でただ一人、最も日差しが届かぬ北の居館に自室を持つリャンの部屋へと同行した。


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