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第41話 軋轢のはじまり(3)

 橙黄の国(サフラン)管轄の街角。

 奴隷たちが積荷を下ろしている横を素通りし、三人は街角の中央に出た。

 少しでも溶け込むために、怪しく見渡すことはせず、オスカーはアリスタの付き添いのようにただ歩いた。

 巨大な屋敷でも建てるのか、街角の三割程の広大な土地を数十名の奴隷たちが土壌をならしている。奴隷の労働力はここに使われているということだ。

 王都の治安維持には騎士団があたるものだが、彼らは何をしているのか。ここにいる奴隷を支配化に置いている者たちはどういう思考回路で奴隷を使役させているのか。先王亡き今、女王即位前という王不在の王国の状況を利用しているのか? それとも、これは王都では当たり前の光景なのか? 

 どこから漂うのか分からない異臭にオスカーはストールを口元まで隠した。

 入り口から中央までは難なく進むことはできたが、検問所というにはあまりにもハリボテのように脆い屋台に居座る男たちに止められた。

 小太りの髭男の商人。ここで仕切っている者の一人なのだろう。態度は横柄、見た目は不潔。煙草をふかしながら三人に問うた。

「あんた、通行証は? ないなら奴隷を通すにはいかん」

 よくもまあ違法行為をしておきながら堂々と言えたものだ。

「そいつは奴隷か? 奴隷を通すなら通行料、それから焼き印を見せな」

 男はヴェロスの服を乱暴に引っ張ったが、アリスタはそれ以上を阻止した。

「おっと、あんまりこいつに近づくなよ」

「お前はなんだ、ガキ。商人ではなさそうだが」

「立派な商人だ。俺たちは親父の付き添いで来たんだよ、王都は二度目でよ。妹がどうしても王都を観光したいって付き合ってたら遅れちまったのよ」

 アリスタはオスカーを指さした。

―――妹って。せめて弟にしてくれないだろうか。

 声を出せばすぐに男だと分かるし、何より普通に男装だ。絶対からかうつもりだな。

「似てねぇな」

 男は顔をしかめた。

「母親違いでね。俺たちは幸運にもお互いの母親似なんだよ」

 よくもまあそんな嘘がつらつらと出てくるものだ。

「なら父親を連れてきてもう一回入りなおすんだな、ガキ」

「だから、通行証は親父が持ってんだよ! ちょっと待ってくれれば親父んとこ行って取ってきて見せてやるよ。それともあんたが親父をここに連れてきてくれるってのかい?」

「ダメだ。通行証のない奴は通すわけにはいかん」

 アリスタはやれやれ、と大仰に首を横に振った。

「おっさん、俺たち。とある高貴なお方からこいつを連れて行くように言われてんのよ。わかるだろ? こいつは売りモンじゃないんでね。素人には扱えないくらい狂暴で。誰か買い手がいないかと探しに来たんだ。聞けば王都ではこういう手合いの奴は高値で買ってくれるっていうじゃないか。ここまで言っても分からないのかなぁ」

「こいつ、剣奴隷か」

 男の表情は曇り、嫌疑の目をヴェロスに向けた。

「おや、まだ疑ってるのか? なら証拠を見せてやるしかないな」

 動揺する表情すら見せないヴェロスは、アリスタのはったりに合わせて、腰に差し込んでいた短剣を目にも止まらぬ速さで男の喉元に刃先を突き付ける。寸でのところで止めたものの、勢いが止まらなければ確実に男の喉は貫かれていただろう。

「高貴なお方ってのは言わなくても分かるだろ? もしこれで遅れたらあんたの名前をそのお方に出して弁明させるしかないんだ」

「———っ、分かった。今回だけだぞ」

「これからも御贔屓に」

 にっこりと笑って見せたアリスタは通行料である銀貨を払い、堂々と更に奥へと進んだ。

―――剣奴隷。

 アリスタやヴェロスに問わずとも、オスカーはその意味とこの状況を理解した。

 労働力だけではなく、この場所では奴隷同士を戦わせる娯楽がある、ということだ。娯楽、それも賭博が絡めば大きな金が動く。アリスタが高貴なお方と表したのは女王を暗喩させるものではない。この場所で何かに関わっている諸侯がいると知っていたということだ。アリスタがオスカーに「知ってもらうため」と言っていたのはこのことだったのだろうか。

 中央から離れたそこは一層の治安が悪く、大柄な男たちが酒を煽り、煙草をふかし、闊歩していた。アリスタはヴェロスの足枷に繋がる鎖をオスカーに渡し、自分の手はいつでも短剣に伸ばせるように手を空けておいた。

サザーダ人だけではない。武装した屈強な男たちや、娼婦、武器商人が行き交う。まるで闇市だ。

 そもそも、こんな王都内で堂々と奴隷同士を戦わせて目立たない方法などあるだろうか。

いくら管轄外とはいえ、騎士団にことの状況をリークすれば彼らであっても一たまりもないはずだ。つまり騎士団の目を盗んで今までこの状態を維持できるだけの権力が働いているということだ。それもここ数年ではないことは様子を見ればわかる。

 アリスタは立ち止まり、奥を指さした。

「見つけた」

 頑強な扉。しかし構造上その奥には建物などない。その前を武装した男たちが見張っている。

「もしかして、地下?」

「そのようだな」

「ったく、何回おっさんを相手すりゃいいんだよ」

 成程、地下ならば一目にもつかない。

 王都は地下都市計画を建築王ロイド存命の頃から計画をしていた。しかし水脈や技術面から断念し、開発は途中で放棄されていたと聞いている。しかし幾代の王たちの指示で少しずつではあるが問題を解決させ、王都に膨れ上がった人口の住居確保に利用するはずだった。城壁を広げるよりも地下を広げることに苦心したのである。

「まさか、本当にあるなんて」

「太陽が見えないところに人が集まれば、それは皆悪人」

 ヴェロスは意味ありげな言葉を口にした。

「それは、誰かの言葉?」

「太陽神ゾラの言葉だ」

橙黄の国が崇める太陽神ゾラの恩寵が届かない地下に住む者は次第に悪に染まっていくと言い伝えられているらしい。

 地下にある隠したい物、武装した男たち。アリスタとヴェロスも地下に何があるか察しが付いたようだ。

「あいつの武器、見てみろ」

 上等な鉄製の剣をむき出しにして、これ見よがしに振りかざす一人の男。壮年であるが、体は細身で鍛えられたもの。剣の使い方にも随分慣れているようだ。仕草はねっとりとしていて、不気味な雰囲気を漂わせている。

「騎士から盗んだのか?」

「馬鹿、騎士が剣を売ったり失くしたら除名処分だ。それにあいつ、どこかで見た気がすんだよな」

「アリスタ、まずいよ………」

 オスカーはアリスタとヴェロスを引っ張った。

「あの人、僕見たことある。多分二人も知ってる人だ。新しく入った騎士だよ。ほら、二人とも喧嘩売ってた」

「ああ、あの成り上がりの騎士か」

 しかし、アリスタはまだピンと来ていないらしい。

「剣を振りかざして、若い騎士で遊んでいた奴だ。あの顔の傷」

「ああ、あいつか」

 だから二人は度々、騎士の箱庭に来ては喧嘩していたのか。暇つぶしだとか言っておきながら彼らは一応、正義のために気に入らない騎士を叩いていたのだ。ならばなおのこと、二人に恨みを持っているに違いない。若くない騎士は珍しくはないが、奴の素行は褒められたものではない。

「ったく、飛龍の騎士も甘いな。こんなところで油売ってる騎士なんざ、さっさと除名処分にでもしてやればいいんだ」

ジョラス・トラッド。

恭順とは程遠いこの男が、どういう経緯で騎士に叙勲されたのかは分からないが、このような場所に入り浸っているのならば看過できない事態だ。しかしここで事を荒立てるわけにも行かない。三人は引き上げようと街角を立ち去ろうとしたその時だった。


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