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第40話 軋轢のはじまり(2)


 アリスタは肉を食べたいと駄々をこねたため、ローストビーフを昼食にした。しかし店が目的地より離れていたために、遠回りになった。

王都、南東部にある橙黄の国(サフラン)管轄の街角。

それが二人の目的地だった。

「それより、いいのか。ついてきて」

「どう、だろう」

 数日前に王都の外で、謎の男たちに襲われたばかりだ。

 今日はオスカーの護衛兼見張りを任されていたが、あえてオスカーを外に出した。

「覚えているかね、諸君。女王陛下はオスカーを身の危険から守るようにと命じられた。見張り役は片時もオスカーから離れるなと。俺たちが外に出たい時は、一緒に連れて行くしかない。危険なことをさせるなという命令も、オスカー自身が危険なことをしなければ、危険ではないし、女王陛下の命令を無視したことにはならない! しかも白烏(ゼネロ)は神殿に連れ出したんだろ? 五十歩も百歩も変わらんと俺は思うね!」

 満腹満腹、と肉を堪能したアリスタは女王の話題を出した途端、ご機嫌から不機嫌へと一変した。

「それもそうだな」

 リゲルですら女王の命令に逆らえず、小評議会に同席させたくらいだ。面倒だからと置いてくるアリスタの度胸は流石と言わざるを得ない。しかしリゲルのように思慮深いわけでもなく、シリウスに対する反抗心や嫌がらせが半分以上含まれているのだろう。ヴェロスとオスカーは感心もしたが呆れもした。

 二人はまだ若いのに、大人の男たちよりも闘いに慣れていた。潜り抜けてきた死線の数も違うのだろう。その嗅覚と勘をオスカーは信じる他なかった。


 橙黄の国の街角(ストラータ)

 千草の国(シャルトルーズ)の街角とは違い、喧噪で溢れかえっていた。しかしそれは盛況という意味ではない。そして汚物やらガラスの破片が散らばり、衛生的とは言えない路上。

 サザーダ人の奴隷ばかりが行き来し、奴隷商人、行商人が彼らを使役していた。騎士ではない男たちがこれ見よがしに武器を振りかざしている。その立ち居振る舞いは明らかに騎士のそれではない。王都外で雇われた傭兵だ。許可なく王都に兵士を入れることは禁じられているが、商人に成りすませばなんてことはない。

 王家が支配する王都内とは思えない。メノリアス王時代に橙黄の国は王国への忠誠を示すためにと捧げた奴隷たちの子孫たちだろう。

オスカーは思わず顔を背けたが、アリスタとヴェロスは平然としている。

三人は街角をあえて素通りし、人目につかない路地裏に入った。

「あの傭兵が邪魔だな」

「見ろよ、ああいう馬鹿は武器を持つとすぐに使いたがる」

「騒ぎを起こすなよ」

「分かってるって」

 アリスタとヴェロスは交わす言葉は少ないが、彼らの中で作戦は組みあがっているのだろう。二人の会話についていけないオスカーは小さく挙手した。

「どうして、街角に来たのか、今更だけど聞いてもいい、のかな?」

 何とか敬語を外したが、以前と変わったことにアリスタは気づかない。

「あん? 何でお前に話さなきゃいけないんだよ」

「それは、その。目的が分からないと何かあった時に僕がヘマをしたら、二人に迷惑がかかる。隠すこととかあれば言って欲しい」

「…………」

 説明が面倒だ、とアリスタはうんざりした表情でオスカーを見下ろし、ヴェロスは淡々と答える。

「お前には事の全容を話すなと女王に言われている」

「女王の考えはお前の方がよく分かってるんじゃねぇの?」

 シリウスと言葉を交わしたのは、朝食に毒が盛られていた事件の朝が最後。それを分かっていてアリスタは皮肉を言う。


―――約束ですよ。


 オスカーはフィオーレとの約束を思い出し、さらに踏み込んだ。

「シリウスなら―――っ」

 オスカーの言葉はヴェロスの手で塞がれた。

「ここでその名前を口に出すな」

 混乱するオスカーにアリスタは鼻で笑った。

「今からあの物騒なところに飛び込もうってんのに、女王の名前を親しげに呼ぶ奴があるかよってことだよ。ざっくり言うと、俺とヴェロスは散策という名の調査をしてるってことだ。お前をここに置いておくわけにも行かねぇし」

 流石にオスカーもムッとして言い返した。

「ならどうして連れてきたの?」

「お前に知ってもらうためだよ」

 何を、と問う前に通りの前を荷台が走り会話は遮られた。

 鎖を引っ張る音、鞭を打つ音。

 数台の荷台にはオスカーたちと変わらぬ年齢のサザーダ人の少年少女が鉄の檻に入れられ、皆虚ろな表情で俯いていた。彼らはやせ細り、もはや布切れのような服を身に着けている。重厚な鉄の首輪と鎖。そしてその荷台を引くのはサザーダ人の大人たちだ。

 サザーダ人の奴隷を不当に王都に入れている現場を三人は目の当たりにした。白昼堂々行っているあたり、常習のことなのだろう。

 そもそも王都にこれ以上の労働力は不要のはずだ。

 どうして二人は平然と見ていられるのだろう。オスカーは光景ではなく、その光景を平然としていられる周りの人々の視線に吐き気がした。これは王都の外でもよくある光景なのだろうか。それに同胞とも言えるヴェロスにとってこの光景は耐え難いはずだ。

 アリスタは自分より背の高いヴェロスの顔を思わずちらりと見上げた。

「———戻るか?」

 アリスタの問いに、表情を変えないヴェロスは淡々と答えた。

「いや、むしろ好都合だ。お前が俺を連れて歩けば違和感はない」

 ヴェロスは路上に落ちている錆びた鎖の足枷を自らの足につけ、鎖をアリスタに引かせるように促した。

「商人のフリくらいなら、海賊のお前は得意だろ?」

「いや、やったことねぇけど」

 だからと言ってオスカーにやらせる訳にも、とアリスタはヴェロスの案に折れた。


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