第39話 軋轢のはじまり(1)
王都トワイライト。
その人口は推定五十万人とされ、グラン・シャル王国(小国統一前)の約半数の人口を占める唯一にして無二の城塞都市である。先王の死後、疎遠となっていた小国同士の商業も、新たな女王即位を前に、王都を中心に盛んになった。
七つの小国の文化を取り入れ、フェーリーンの全てを味わい尽くしたいのなら、死ぬ前に王都へ訪れるべきだろう。四方を水路と城塞に囲まれており、東西南北の塔、小国を象徴する七つの街角。そして王都の中央には王家が誇るビーネンコルブ城が聳え立つ。
夕暮れ時になる王都は夕日の光に染まり、夜の城は静かで温かな光に包まれる。王都を知るには一生かけても足りないだろう。
古くからの言い伝えでは王都は元よりフェーリーンの民を魔の者から守るために作られ、ベルンシュタイン王家が玉座についてからは魔の者の侵入はなくなったとされている。故に王都の城塞には退魔の力が宿っているとされている。
―――奪うにはやっぱり大物じゃなけりゃ。
そう舌なめずりする一人の海賊。
日差しが一層強くなったため、海賊は麻布のローブを肩にかけ、新しく手に入れたハットを被り、歩きながら次々に店を渡り歩く。
そしてその隣を歩くのは、頭から口元までを粗末な布でぐるりと回して隠す、褐色肌の精悍な面差しの青年。ちょこまかと落ち着きなく歩く若き海賊に比べ、その青年は歩く速度を落とすことなくスタスタと直進する。
彼らの後ろをおずおずとついていくのはココアブラウンの髪の少年、オスカー。元から庶民らしい平服のため、いつもと同じ格好で、日差し避けに以前、大麦刈りの際貰ったままのストールを巻いた。
「で、何でまた俺たちなわけ?」
海賊、ことチャービル家のアリスタは店でおまけしてもらったリンゴにかぶりついた。小腹がすいただろうと、ヴェロスとオスカーに分け与えた。
「それは俺も同意見だ」
「俺たち別に仲良しこよしじゃないんだけどな? どう思う?」
「単に王都で顔が割れてないのが俺たちだからだろう?」
「確かにそうだけどよぉ。これ、変装になってると思うか?」
もっと派手な色が良かったとアリスタは口を尖らせた。海賊といっても今は庶民と変わらぬ様相に収まっている。
「ま、俺の高貴なオーラはこんなんじゃ消えないけどな!」
「………」
ヴェロスはしゃがんで土を手のひらに取り、前触れもなくアリスタの顔にこすりつけた。
「てめぇ何すんだ!」
「高貴なオーラとやらを隠すためだ、我慢しろ」
「え? 俺顔まで気品漂ってる?」
「———お前、本当に都合よくできてるな」
二人のやり取りをオスカーは黙ってついていった。平然としてはいるが、彼らはそれぞれ護身用の短剣を隠している。そしてそれは彼らにとって使い慣れたもので、持ち歩くことは靴を履くことと同義だ。
商業が盛んな大通りから、アリスタの好奇心で千草の国の街角へ入った。大型の船が行き交う水路は、船乗りの姿すらない。
昼間から酒や賭博で明け暮れる男たち、どこからともなく聞こえる怒号と食器やガラスが割れる音。大人にわざとぶつかりスリをする子どもに、路地裏に寝そべる浮浪者。
想像以上の無法地帯であった。
「思ったよりひどいな、こりゃあ」
九代目の王、メノリアス王の御代にて小国独立時、当時最も力ある海賊の一族であるチャービル家を名目上の小国の代表に据えただけだった。当時、独立といえど王家に従う気はなかったチャービル家は、当家に連なるフェントリス家に王都の街角の自治を任せたが、チャービル家の船を数隻と宝物を奪ったことにより、縁を切られていた。その後、王都に訪れた千草の国の有力者はアリスタのみである。
王都に残されたフェントリス家がどうなったのかは知る者はいない。ましてギルガラス王の御代で名家と呼ばれる家の多くは弾圧された。フェントリス家がこの場所で生き残っている可能性はかなり低いだろう。
千草の国の街角に残るのは稼業から離れたかつての海賊たちの子孫だ。
アリスタの口数が急に少なくなり、思うところもあるのだろう、とヴェロスも気を使って「寄るところはあるか」と尋ねるが、アリスタはただ一言「腹減った」と空腹を訴えただけだった。