第37話 水晶の落ちた先(5)
昼を告げる鐘が王都に鳴り響いた。
鐘の音が好きなオスカーは十二回響くその音をいつも最後まで聞いていた。しかし今は空腹で眩暈がしていて、それどころではない。
フィオーレは何かしらの修練でも受けていたのだろうか。彼がはしたなく空腹を訴えるところも、食事にかぶりつくところも見たことはなかった。そして今も顔色一つ変えず、足取りすらも変わらない。
―――食べ盛りの年頃だろうに。
ローブを深く被り、その表情はやはりはっきりとは伺えない。
「フィオーレ、あの………」
「あちらにおいしいキュモール(果実酒で味付けをした香ばしく焼かれた菓子)のお店があると伺いました。そちらに寄りましょう」
フィオーレは神殿のすぐ近くにある市場を指さした。
キュモールだけではなく、ガナッシュ(生地をアブラナ油で揚げて砂糖をまぶした菓子)とミルクモ(砂糖と水を溶かして飴状にしたものにナッツを混ぜた弾力のある菓子)を買い込んだ。ミルクモは果実や花で染色し、色とりどりに染めることが今は流行しているらしい。小国にちなんで七色と王国の象徴である黄金色のミルクモは宝石のようでとても映えている。祝い事や催し物で買われることが多く、特に意中の女性にと贈り物として買う男性が増えてきているらしい。店には確かに若い男性がいて、店は随分と繁盛している。
フィオーレは目立つため、店の外の影に待機してもらうことにした。
「お待たせ。って、何してるの?」
フィオーレの肩や頭、足元には小鳥が集まっている。立ったままうたた寝をしていたらこうなったのだという。買い物を待つほんの少しの間に寝てしまうことにも驚きだ。
「昔からこうなんです」
「昔からって。フィオーレはまだ十歳にもなってないのに」
オスカーが近づいたことで小鳥たちはわっと飛び去ってしまった。
フィオーレは少し名残惜しそうに飛び立つ小鳥たちを目で追っている。悪いことしてしまった、とオスカーは何かお詫びができないかと思案した。
「向こうの通りにおいしい焦がし肉の店があるんだけれど、フィオーレも食べる?」
「すみません、私は肉や魚は食べないのです」
「それはグラシアール教の教えなの?」
「いいえ。むしろ女神グラシアールは狩りの守り神でもありますから。私のは単なる趣向です」
「気が付かなった。ごめん、今まで普通に食事に出していたや」
「いえ、時々は食べるようにしているのですが、今は控えているだけです」
フィオーレは遠慮なく、とオスカーが差し出したガナッシュを頬張った。
まさかこの年で太ることを気にしているわけではあるまい。
「今私は、神と賭けをしているのです」
「賭け?」
「ええ。賭けです。それが叶えば、私も肉を食べるようになりますよ」
やはり、フィオーレだけが不思議な感性を持っている気がする。
願掛けのため髪を伸ばしたり、お守りを肌身離さず持ち歩くようなお手軽なものではないことはオスカーでも分かる。
城に戻り、オスカーはフィオーレの自室に案内された。