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第36話 水晶の落ちた先(4)

「どなたですか?」

 ぼんやり見物していたオスカーの背後から、通りかかった神殿の若いシスターが声をかけた。髪隠し(コルネット)を着けているため、髪色は分からないが、スカイグレーの目はとても利発的で、模範的な聖職者のような落ち着いた立ち振る舞いだ。

「僕は、その………フィオーレ………七星卿の一人の同伴者で」

「まぁ、そうでしたか」

 フィオーレの名を出せばシスターは警戒心を解いた。

 誓約の間に大司祭と二人でいることは言わない方がいいだろう。

 詮索される前にオスカーはシスターに話題を振った。

「勝手に入って申し訳ないです。この部屋は何か聞いても?」

 扉が開いている以上、信者の祈りのために入室許可は不要のはずだ。

「ここは祈りの間の一つ。お亡くなりになった若い娘たちが眠り、そして女神の元へいくための光の階段なのです」

 つまり墓所の一つということだ。

 階段やその周りの棚には、両手で持てるほどの大きさの聖像がいくつも置いてある。石膏で造られた女神を模したものだ。

 捧げられた聖像のほとんどに装飾品が着けられ、髪飾りやリボン、中には巨大な宝石まである。

「聖像には亡くなられた方の遺品を着けるのです。神の庭で女神に気に入ってもらえるようにと着飾るとされています」

「成程。関係ないのに、入ってしまって。迷惑だったかもしれないですね」

「いえ、彼女たちも喜んでいることでしょう。何しろ、ここにある聖像のほとんどは身よりのない娘たちばかりですから」

「では、この装飾品は?」

「貴族の寄付がほとんどですわ」

「そういえばディック候もよく来るとか」

「ええ、ディック候は毎月こちらにいらっしゃいます。その度に飾り物のない聖像にと」

「毎月。少し意外でした」

「まあ、そうでしょうか? ディック候はもう十年以上もこちらに欠かさず足を運ばれておられます。あの聖像の前でよく祈りを捧げておられます」

 シスターが案内したのは他と同じ聖像ではあるが、装飾品は実にシンプルだ。小さい透明な鉱石が散りばめられた首飾りが幾重にも首に巻かれている。それがまるで涙のようで、聖像が悲しく見えた。オスカーはシスターに倣い、指を組んで祈りを捧げた。

「宝石なんて高価なもの、盗みに入られたりしないんですか?」

 オスカーの率直な質問に、シスターは穏やかに答えた。

「ええ。この祈りの間には女神ルチル、女神アリア様が見守っておりますので。その昔、この祈りの間で盗みを働いた男は、夢枕に双子の娘が毎晩現れるようになり、罪悪感にさいなまれて、盗んだ物を返しにきた、という逸話もあります」

 それは何とも恐ろしい。毎晩毎晩、見たこともない双子の娘が夜な夜な夢に現れては、気が狂うに違いない。しかし、盗みに対して天罰を下すのではなく、自発的に罪を認めさせたなんて。オスカーは双子の女神に親近感が湧いた。

「女神グラシアールが地上に降り立った時、女神は我々人間に言葉と清らかな魂を与えました。言葉は争うためのものではなく、愛を伝えるためにある。そして―――」

「———清らかな魂を持って調和を成す。さればこの天地に再び私は降り立ちあなたたちを愛するだろう、ですか?」

 シスターの言葉の続き、創世記の一節をオスカーは暗唱した。シスターは感激だと、小さく拍手をした。

「一言一句正確に覚えられているとは、素晴らしいですわ」

祈りの間で眠る名も知らぬ少女たちと同じく、シスターも誰かと話したかったのだろうか。聖務があるだろうに、彼女は若い娘らしく、しかし神話について嬉々として語った。

「神の庭。死者が女神の元に召された時に見る光景と言われていますが、女神はそれを地上にもお造りになったと言われているのですよ。それを見るために、幾人もの冒険者たちがフェーリーン中を旅したとか」

 そこにはフェーリーンにもない草花で満ちていて、空にはドラゴンの群れが飛んでいる。女神が分け隔てなく愛する場所だという。

「あなたは、見たいと思いますか? 神の庭を―――」

 不思議な質問をするシスターだ。

 フィオーレといい、神殿に仕える聖職者は皆こうなのだろうか。

 神の庭そのものが分からないオスカーには何とも答えづらい問いかけだ。見たいと思う程に熱望はしていないし、興味を強く抱いたわけでもない。適当に返事をする言葉も思いつかず、オスカーは言い淀んだ。

 そこに、フィオーレと大司祭が誓約の間から戻ってきた。

「オスカー殿もお祈りですか?」

 少し疲れたような表情の大司祭に比べ、フィオーレは変わらず朗らかな笑みを浮かべている。

「ま、まあ。シスターに色々と教えてもらって———て、あれ?」

 先ほどまで話していたシスターの姿はない。二人が戻ってくる直前に出て行ったのだろうか。聖務を怠っていることを大司祭に知られまいと、問いかけをしておいて何も言わずに出て行ったとは考えにくいし、そんな一瞬で姿を消せるはずもない。

 白昼夢でも見ていたのだろうか。

「僕より少し年上の……。十八歳くらいのシスターがいたんですけれど」

「はて、ここにいるシスターに若い娘はおりませんが………。若者にとって聖職者というのはどうも息苦しいようですからな。一番若いシスターで三十を超えておりますが、若く見えたと、彼女に伝えておきましょう」

 大司祭はオスカーの発言を冗談と受け取ったのだろう。

―――三十、を超えているようには見えなかったけれど。

 オスカーはフィオーレに促されてアカシア神殿を後にした。

 神殿の外に出るまでの間に、オスカーが話したシスターを見ることはなかった。



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