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第35話 水晶の落ちた先(3)

 フィオーレの唐突な申し出に大司祭は混乱した。

 どうやらフィオーレがアカシア神殿に来る目的は敢えて伝えていなかったのだろう。

 幼く可憐な容姿に似合わぬその威圧に、大司祭だけではなくオスカーも慄いた。

「な、何故今になってそのような。誓約は相成ったではありませんか」

「相成った故に確かめるのです。先ほど大司祭様もおっしゃったように、女王陛下の即位が盤石なものとなれば、自然とギルガラス王の名誉も回復されましょう。しかし事を成し、陛下をお守りするのは私たちなのです。始まりは先王の誓約ですが、今や陛下の御代です。先王のためではなく、女王陛下のためとお思いください」

 今日のフィオーレは弁舌だ。その言葉選びはリゲルのようだ。

 いつも穏やかで落ち着いていて

 しかしその実、幼くとも彼は紛れもなく小国の代表として選ばれた者に違いないのだ。七星卿でカルマの次に幼いことを時折忘れてしまう程に達観している。

 大司祭は顔を真っ青にしてフィオーレの申し出を断ろうと必死だ。

「しかし、誓約の間の扉は王家の方が同席でなければ再び開くことは許されておりません! ご存知でしょう。歴代の王たちの言葉が刻まれております。我々司祭たちも王が女神の元へ旅立たれた時にのみ、開くことを許されているのです!」

 ご容赦を、と大司祭は地に頭をつけた。大仰ともいえるこの状況は、弱い者を虐げているようではないか。

「ご安心を、大司祭様。私たちは陛下のご命令に従っているまで。陛下はご多忙でございますため、代理人として私を指名したのです。陛下の心中は私共には分かりかねますが、ご命令に背くわけにも行きません」

 フィオーレはフードを被りなおし、大司祭に頭を上げるように手を差し伸べた。

「私たちは王国の安寧、いえ、このフェーリーンの平穏のため、共に手を取り合いましょう」

「フィオーレ様………」

 大司祭は涙ぐみながらフィオーレの手を取った。

「…………」

 何て言葉巧みなのだろうか。オスカーは感心を通り越して恐怖した。その声には誰もが癒されるが、ここまでくれば森で狩人を迷わせる妖精そのものだ。


 アカシアの大木から場所は移り、大司祭を含めた三人は誓約の間へと向かった。

 誓約の間というのは地下墓所のような場所かと想像していたが、神殿の最上階、天に最も近い場所にあるという。また、最上階には上位の聖職者、司祭長以上でなくては入室の許可は下りない。

 階段を上る間、フィオーレは大司祭の横を付き添うように歩いた。

「死の誓約をされる前のギルガラス王のご様子はいかがでしたか?」

「何者かが謀り、王を操ったと仰せですか?」

「いいえ、仮にそうだったとしても、死の誓約は並大抵の魔術で操作できる程、容易いものではありません。魔術で操られていたという可能性はかなり低いと思います。大司祭様は先王の最期を看取られた一人と伺っています」

「え、ええ。陛下………いえ、ギルガラス王はとても穏やかであらせられました。あれは間違いなく、陛下のご意志です」

 力強く言い切る大司祭にフィオーレも満足気な表情を浮かべた。

―――フィオーレ、今何か誤魔化したな。

 彼は人の心が分かると言った。けれど、それは自分の心が相手に伝わらないというわけではない。彼は本心を沈黙で隠す癖があることを、オスカーは気づいていた。

 表情を隠し、声を消すことで彼は自分の心の内すらも空っぽにする。

「オスカー殿はこちらでお待ちください」

 最後の階段の前で、オスカーはフィオーレににこやかに止められた。彼のことだ。意地悪ではなく、何か考えあってのことだろう。オスカーは素直に従った。

ギルガラス王。

ベルンシュタイン王家史上で、最も愚かな王としてその名を刻まれようとしていた。

アブラナ畑が好きだという王のために王都を離れたという宮廷画家がいたと、行商人ディグリは語っていた。

 王立図書館館長のヘクトル・グリシアの登用は、数少ない功績と言われている。

 そして大司祭も、先王の名誉を回復するように懇願した。

 民や小評議会が思う程に表面上だけで語れる程に、先王は愚かではないのかもしれない。

 仮に善人であってもその王が何故、見たこともない娘の存在を知り、玉座へと導き、小国を統合するまでに王国の未来を案じたのか。誓約は真実の祈りによって成就するもの。そうであれば先王はこの状況を心から望んだということだ。

―――もしかして。

 女王暗殺計画。

先王の誓約を否定したい誰かの仕業ということも考えられるのではないか。

 先王に恨みの持つ者。不義の罪で王都を追い出された使用人や医者数十名、小評議会から席を奪われた名家の数々、それに加え、女王の婚姻に不満を持つラノメノ教の信者………。

ダメだ。これでは容疑者が膨れ上がっただけではないか。玉座に座る者はどんな者であっても恨まれる立場にあるのだろう。

 オスカーは思い耽りながら、ウロウロして妙な部屋にたどり着いた。

開け放たれた扉の向こうには地から天へと伸びる巨大な螺旋階段。

 天井は鮮やかなステンドグラス。ビーネンコルブ城の玉座の間にあるものとデザインは酷似しているがモチーフが異なるようだ。

 二人の女神があしらってある。対を成しているところからすると、女神グラシアールではない。彼女の双子の娘である、大地の女神ルチルと風の女神アリアだろう。

 ステンドグラスよりも、複雑な構造をした螺旋階段にオスカーは惹かれた。貝瑪瑙(シェル・アゲート)のようになめらかな光沢、亜麻色と銅色の花模様の彫刻が細やかに施されている。

 天井まで続くその階段はよく見れば行き着く先はない。上るためのものではないらしい。


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