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第34話 水晶の落ちた先(2)

 床は石畳ではあるが、草花に満ちた空間が広がっていた。

 どこからともなくハープの音色が流れ、せせらぎと小鳥の声で満ちている。

 全身が浸かれる程に深い、洗礼のための泉。

フィオーレのローブと似た装束を着たシスターたちは、恭しくフィオーレとオスカーに頭を下げた。

 神殿の名の通り、神殿の中心にはアカシアの大木がどっしりと生え、天井を黄金の花が覆っている。ゆっくりと散る花びらは降り注ぐ光の欠片のようだ。

「———すごい………」

「オスカー殿は神殿の奥へ行くのは初めてですか?」

「う、うん。ツィン神殿は見たことがあったけれど」

 シリウスとオスカーがいたツィン神殿は、アカシア神殿と同じくグラシアール神殿の姉妹神殿あったが、酷く寂れていた。草花や木々は確かにあったが、手入れされたものではなく伸び放題だった。

「司祭やシスターたちには植生の知識が求められるのです。故に薬学や魔術に精通している方が多いのです」

「フィオーレも?」

「ええ、もちろん。我々聖職者は、女神グラシアールがいつでも地上へ降りられるよう、神殿を神の庭へと再現するのも役目の一つですから」

「神の庭———」

「楽園、とも言われています。私たちは女神に生きることを許された、この世界の一つの命です。楽園は魂の行き着く先であり、そこは女神グラシアールが魂を癒すとされています。故に神殿は死後の魂に語りかける場所でもあります。小鳥とせせらぎの中に女神の声が聞こえるとされています」

万物には神がいて、命が宿る。その文化はこの国に根付いていた。

 ラノメノ教と違い、グラシアール教には厳しい戒律がない。

 葬儀方法においても広義的ではあるが、婚姻においてもまた然り。真実の愛ならば、一夫一婦、一夫多妻、多夫多妻でも構わないとされている。

 人は決して特別ではない。それがグラシアール教の教義である。

 黄金の光が降り注ぐアカシアの大木の下で、祈りを捧げる白装束の老人。随分と体が横に広がっているが、その足取りは重くはない。肩にかかった金のストールから一目でここの最高責任者だと分かる。

 彼は恭しくこちらへ頭を下げた。

「フィオーレ様。ようこそ起こしくださいました。そちらの方がオスカー様でございますな。初めまして、私はここの大司祭を務めております、カールハインツと申します。以後お見知りおきくださいますよう」

「は、はじめまして」

「あなた様のことは私共の配下の者より伺っております」

 確かに司祭長のシャルル、ミカエラ、ジェルナが出席した小評議会にオスカーは書記として同席していたため面識はあるが、しかし伺う程の印象はほとんど与えていないはずだ。

 疑問符を浮かべたままオスカーはフィオーレと大司祭の話に耳を傾けた。

「カールハインツ大司祭殿。ご健勝で何よりでございます」

「長らくお待たせして申し訳ございません。先ほどようやく死者への祈りが終わりまして」

「…………」

「オスカー殿、黙らなくても結構ですよ。神殿で騒ぐことはできませんが、口を開いてはいけないことはありません」

 フィオーレはくすくす、と笑った。

「すみません、つい。ここには色んな方がお祈りに来るのですか?」

「ええ、ここは王都に暮らす者は皆、ここで祈りを捧げます。先日もディック候がお越しくださいまして―――」

「ディック候もよくこちらに?」

大司祭は急に落ち着きなくなり、言い淀んだ。

「え、ええ。ディック候は敬虔なグラシアール教の信徒でいらっしゃいますので」

 初耳だ。仕事ばかりに傾倒しているレイニー・ディックが祈りを捧げているところは想像できない。

 フィオーレは大司祭の目をじっと見つめた。彼の赤い目は何かを悟ったようだ。

「先王へ、お祈りされていたのですね」

 大司祭はぎくりと体を揺らした。

 生前のギルガラス王の行いは褒められたものではなく、晩年は道楽に明け暮れ、財政を圧迫し続けていた。

 先王の評価を下げることでシリウスの格を上げようという小評議会の政治的圧力と、聖職者として死者への祈りを捧げる聖務。大司祭は立場上、その板挟みになっていたのだ。

「先王のお噂は聞いております。ですが、今は女神の元にいらっしゃる方へ魂の安寧の祈りを捧げることは罪ではございません」

 大司祭はほっと胸を撫でおろしたような、毒が抜けたような安堵の表情を浮かべた。

「そうですな。いやはや、グラシアール神殿にお仕えする方はお考えが深い」

 白の国(パールトープ)にあるグラシアール神殿はその名の通り、グラシアール教の総本山である。故にそこに仕える聖職者であったフィオーレは幼い少年であっても、大司祭からすれば敬うべき相手になる。何とも異様な光景であるが、フィオーレ本人がその関係を肯定している以上、オスカーから何も言うことはない。

 フィオーレに心を悟られた大司祭は、アカシアの大木を見上げ、心中を吐露した。

 皆救いを求めずにはいられないのだろう。

「フィオーレ様。小評議会は誤解しておられるのです。ギルガラス王は死の間際、救いを求めておいででした。確かに行いの全てが善行とは言い難いお方です。それに、シリウス女王のご即位が決まった今、神の元におります先王のことを蒸し返すなというお方もおります。ですがどうか、先王の名誉を回復して頂きたいのです」

 フィオーレは穏やかに答えた。黄金の光が降り注ぐ神殿において、フィオーレの純白はあまりにも神々しい。

「女王陛下がご即位されれば、父王としての名誉も回復されましょう。そして私たち七星卿も陛下のご即位までどうかこの国が安寧であれと願っております。ですが―――」

 フィオーレは一呼吸おいて、被っていたフードを脱いで大司祭を見上げた。

―――目が笑っていない。

 口元に笑みを浮かべてはいるが、その声には怒気が孕んでいる。

「王国には常に謀略が蔓延るもの。陛下の身に万が一、ということがあってはなりません。先王ギルガラス様の死の誓約(ベルセラ)。故に私はそれを確かめに来たのです」



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