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第33話 水晶の落ちた先(1)

 女中の名はメアリー・ホーソン。

 ホーソン家は長い間王家に仕える使用人の一族で、彼女の祖父は王家食卓の料理長も務めていた。メアリーは二十二という若さで命を落とし、城内で亡くなった事実を口外しないために、葬式も行われることはなかった。

 事件に関与しまいと、ホーソン家への見舞金をどの諸侯たちも遠慮していたが、レイニー・ディック候だけは、ホーソン家に多額の見舞金を贈ったという。

「薄情だと、思いますか?」

 白いローブを身にまとった少年、フィオーレは上目遣いでオスカーを見上げた。赤い目はやはり少し人間離れしているような神秘性を強調させている。

 カルマの次はフィオーレがオスカーの見張り役。護衛というには少し心細い気もした。

 先王ギルガラス王が眠るアカシア神殿へ向かう道中である。王都内にあるそれはビーネンコルブ城と隣接しており、神殿には多くの聖職者が行き交う。

 三十段以上ある階段の上に建つ、ダークブラウン木造建築と石造りで構築されている、

グラシアール神殿の姉妹神殿である。ビーネンコルブ城と構造は類似しており、同じく建築王ロイドの御代に建てられている。

「薄情だと思いますか、オスカー殿」

 再び問う、フィオーレにオスカーは戸惑いながら答えた。

「そう、だね。僕らの都合で葬式も挙げさせないんだから」

「しかし、これも我々七星卿の総意なのです」

 フィオーレは困ったように笑みを浮かべる。

「死は万人に平等です。彼女の魂が、女神の元へ召されるよう、私も祈りましょう」

 グラシアール教の他の宗教と大きく異なるのはその死生観にある。

 死後、肉体は地に眠り、魂は天に召される。肉体は大地の一部になり、草木を育て、大地をはぐくむ。魂は女神の元で癒され再び生きることが許されれば、大地に下ろされる。

 死は生へとつながる希望であり、生きているうちは女神から賜った魂を汚さぬよう、生き抜くこと。

 そして葬式は火葬も土葬も許されている。

「どうしてフィオーレは葬式を上げないことに賛同したの?」

 そうですね、とフィオーレは少し思案した。

「葬式や墓標はあくまで残された人々のためのもの。自己満足にしか過ぎない。死者よりも生者を愛しなさい。死体を燃やし、土に埋めるのは生者が死者の醜い姿を見たくないからだと、教義にあるほどです。オスカー殿はどう思われますか?」

「———残酷、だと思う」

「おっしゃる通り、グラシアール教は残酷な一面もあります。しかし生者を愛せばいつか死者へと変わった時、死してもなお愛さずにはいられない。魔術が生きるこの時代では、死者を生者に変える者たちがいたのです」

「———もしかして、ナヴィガトリア?」

 フェーリーン北部、王国の北東に位置する魔術大国ナヴィガトリア。閉ざされたその国の情報は王国には全く入らない。しかし隣接している黒の国(アンシュー)、王国北部はナヴィガトリアの侵攻に日々怯えるほどに、看過できない長い歴史があった。

「女神の力を捻じ曲げ、人の手で死者を弄ぶなど何と忌まわしい。故に、王国は死者に執着してはならないとグラシアール教で定めたのでしょう。私はグラシアール教の観点から葬式の要否を問われ、不要と判断いたしました。オスカー殿は暫くの間、彼女と交流があったのでしょう?」

「———ほんの少しだけ会話をしただけなんだけど、やっぱり話したことがある人が亡くなると、こんなあっさりって思っちゃうな」

「事態が収まれば、彼女の葬式も挙げることは叶いましょう。今は焦らず、機を待つしかありません」

 ようやく階段を上りきった先には荘厳の扉、そしてその前に立つ武装した聖職者たちにフィオーレは取り次いだ。大司祭に会うことはあらかじめ伝えていたが、やはり王都の神殿の最高責任者にすぐに会うには時間がかかるようだ。

 二人は扉の前でしばらく待ち惚けをくらった。

「…………」

「…………」

 リゲルやリャンとは違った緊張感をオスカーは感じていた。

 オスカーより三つ年下と聞いていたが、フィオーレは大人びている。フードから除く表情はいつも穏やかで、肌も雪のように白い。人間離れしている容姿に、人に紛れている妖精のようにオスカーは思えてならない。

 話題が尽きた二人の間の長い沈黙を破ったのはフィオーレだった。

「先日は大変でしたね。騎士殿が一人でも捕らえられていたらと悔やんでおいででした」

「あ、まあ。仕方ないよ。あの場で拘束できる物、何もなかったし」

「あの日、騎士殿は陛下へご報告する前に王都を出立なさったのです。歴戦の勘、というものでしょうか?」

「僕も驚いた。まさか飛龍の騎士自らが助けに来るなんて」

 フィオーレは何か一人納得したように頷いた。

「あのお方はご自身より幼い者が命を落とすことを恐れているのです。特に、身近な者に対して―――」

 確かに若い騎士たちが早まって深追いしないよう諫めていた。テオの実力ならば一人くらい捕らえることもできただろう。だが、その場にいる全員の身の安全を優先し、そうはしなかった。

「テオから聞いたの?」

 フィオーレは首を横に振った。

「私は少しだけ、人の心が分かるだけです」

「————え?」

「ほんの少しだけ、過去の光景が見えるという方が良いでしょうか。その時のその方の感情が私に流れてくるような感覚です。皆、飛龍の騎士、無敗の戦士だからと死を恐れないお方だと思っておられますが、それは違います。恐れているからこそ、人に優しいのです」

「それは、僕にも分かる気がする」

 フィオーレはオスカーに笑顔で返した。

 ようやく目通りができるようになり、五つの扉と長い通路を超えて辿り着いた先。

―――これは………。

 最後の扉の向こうは別世界だった。


フィオーレの回始まります。

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