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第30話 同じ星を見つめる者(4)


 一日中働き、満腹になるまで食事を堪能した上にくたくたになるまで踊って、カルマはその夜ぐっすりと眠った。

―――眠れない。

 大の字で寝るカルマを横目にオスカーは寝付けなかった。体は疲れているはずなのに、目が冴えている。おかしい。気がかりなことは今日何も行っていない。むしろ楽しいことばかりだったはずだ。

 オスカーはテントの外へ出た。

 夜明け前の辺りは一層闇が深い。しかし上を見上げれば満天の星空。

 空を見ても美しいと思わないのは心が病んでいるからだろうか。

―――ああ、そうか。

 今日の出来事があまりにも楽しすぎたのだ。何も考えずにひたすら体を動かして、疲れた体を癒す食べ物と守ってくれる大人たち。

 疑われることもない、敵意もない。


 いっそ、このまま。

 王都を離れてしまおうか。王都の外から来ている村人に紛れて逃げ去ってしまおうか。

 いつ処刑されるか、それとも気が早い誰かが暗殺するに来るか、分からない身だ。

 

「オスカー、眠れないの?」

 カルマはテントから毛布をかぶったまま出てきた。

「起こしちゃったかな?」

 カルマはオスカーにも毛布を被るようにももう一枚持ってきてくれたが、オスカーは受け取るとカルマにもう一枚かけた。

「カルマ、君がいつか王都を離れたら、きっと今日の景色を思い出すだろうね」

「僕、どこにも行かないよ。ずっとオスカーの傍にいる。陛下も、皆も守れるくらい強くなる。もっとたくさん食べてもっと大きくなる。だから―――」

「———カルマ」

 この子は本当に聡い。

 顔を見なくても声色だけで人の心情を察せるのだろう。木箱から解放されてから最も長い時間を共にしていたオスカーだから、この少年の潜在能力が分かるのかもしれない。

「だから、オスカーもどこにも行かないでよ! 僕、オスカーが悪者じゃないって信じてるもん。だから、だから! 遠くに行くなんて言わせないから!」

「…………」

 王都に戻らず、このまま遠くに逃げる。ライナスとロベールに頼んで数日は彼らの村で滞在して、そこからは馬を使い、船を渡る。きっと王国からの追手も来るだろう。

 どこまで生き延びられるか分からないが、素性も名も変えれば、しばらくは延命できるだろう。そう。多少命の危険はあるかもしれないが、自由がある。しがらみも猜疑心もない場所へ行って何もかもを忘れて暮らせたら、それがどれだけ幸せなのだろう。

 

 夜が明ける。空が白み、コーラルピンクに染まっていく。

 まだ刈られていない麦畑に朝露がきらめいている。

 オスカーの吐いた息が白く溶け込んでいく。


―――オスカー、私はお前を信じるよ。私が戦う理由はそれだけでいい。


「———っ」

―――シリウス………。

 未だ夜空に輝いてはいない星の名を、いつか王国の歴史に刻まれる王の名を、僕を必要としてくれた君の名を、今、どうして思い出したんだ。

 朝焼けの髪、黄金の目。いつも勝気で好戦的で、独りを好みながら時折寂しそうに、何もかもを諦めているように遠くを眺めている。誰よりも自由を求めながら玉座を望む少女の存在。

 思い出しさえしなければ、こんな苦しい思いをしなくて済んだのに。

「カルマ、君の言うとおりだ。ここで逃げれば僕は皆の、シリウスの信頼を一生失うことになる」

 オスカーは心配そうに見上げる少年の前に膝をついた。旅人が果てに行き着く麦畑の景色に背を向けて―――。

 陰鬱な暗い夜の色をしているからとカルマは自身の目の色を好んでいなかった。温かい色をしたシリウスやオスカーのような目の色が羨ましいと何度も言っていた。

「オスカー」

 陰鬱ではない、紫水晶(アメシスト)を映したその目は、一日のはじまりを象徴する朝焼けの空そのものだ。

 カルマはオスカーの手を握った。

「僕は誓うよ、オスカー。オスカーは僕を箱から助けてくれた。自由に歩けるようになった。美味しいごはんを食べられるようになった。僕を生かしてくれたのはオスカーだ。だから今度は僕がオスカーを助ける」

 それは飛龍の騎士と遜色ない誓い。

 後に天狼卿と呼ばれる七星卿の一人が間違いなく顕在した瞬間だった。

 オスカーはカルマの手を取り、王都へ向かう荷馬車へと向かった。

「帰ろう、カルマ」


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