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第29話 同じ星を見つめる者(3)

 丘の下に荷馬車を止め、馬車で寝泊まりしない滞在者たちはテントを張り始めた。

 女たちは炊き出しの準備に取り掛かり、年長の少女たちは赤ん坊を抱えながら互いの子どもたちの面倒を見ていた。

 到着が遅かったわけではないが、麦畑に近い村は昨夜から泊まり込みだったらしい。

 御者一家に礼を言い、早速刈り込みに行こうとした矢先、オスカーたちは炊き出し中の中年の女性に呼び止められた。

「あんたたち、その恰好で刈るのかい?」

「ええ、まあ」

 おかしな恰好でも動きにくいわけでもない。女性は呆れたようにストールを二つ差し出した。刺繍が施されたそれは、真新しいものだ。

「そんなんじゃ日焼けしちまうよ。これを頭に巻いときな」

「———ありがとう、ございます。いいんですか?」

「ありがとう!」

 カルマは赤とオレンジの刺繍が入っている方を取り、オスカーは余った紺色の花模様の刺繍がある長いストールを受け取った。

「子どもが遠慮するもんじゃないよ。それにしてもあんたたち似てない兄弟だね」

「よく言われます。それじゃあ、お言葉に甘えて」

 オスカーはカルマの頭にストールを日差しがかからないように目深に巻いた。

オスカーたちは丘の上へと足を進めた。

 澄んだ空の下に広がる光景に息を呑んだ。

地平線まで広がる黄金の高原。

鳥の群れが飛び、彼らは仲間を呼んでいる。

 人の声が遠のく程に強く吹く風は、麦の穂の波を作る。

 麦の香りを全身に浴び、それが胸いっぱいに広がる。

 カルマも頬を紅潮させ、目を輝かせていた。

「ねえ、オスカー。僕初めてみるのに不思議。ここに来たことがある気がするんだ」

「僕もだよ、カルマ」

 それはきっと懐かしい誰もが心に抱く原風景———。

「よーし、刈るぞー!」

 カルマは両手を広げて麦畑へ駆け出し、釣られてオスカーも走った。


 大麦刈りは想像以上の重労働だった。

 一面をおよそ三名で刈り込むが、案の定カルマとオスカーは足手まといもいいとこで、鎌の持ち方から習うことになり、二人で半面も終えることができなかった。

 一人で二面を終わらせたという強者がいると噂に、感心したり、負けていられないと奮い立つ者もいる。

 刈り取られた麦はそれぞれの集落に持ち帰り、脱穀作業に取り掛かることになる。馬車や牛車が行き交い、山のように積みあがった麦の山は綺麗になくなった。

 気が付けば日が沈み、各々のテントに戻る時間になった。

 とてつもない疲労感と脱力感に襲われ、二人ともふらふらになりながらテントにたどり着いた。いくつも立てられたテントの周りはもはや祭りと化しており、あちこちに灯るランプがとても幻想的だ。

香ばしい肉が焼けるニオイ、甘く焦がしたリンゴのニオイ。チーズを溶かしたオニオンスープ。それら空腹を刺激してきた。

 オスカーとカルマは鎌の使い方を教えてくれたライナスとロベール兄弟に、オスカーとカルマくらいの子どもたちがいるからと面倒を見てもらい、夕食まで同席することになった。

 屈強な農業者である兄弟は樽から葡萄酒を呑み、がははとオスカーたちの肩を叩いた。

「おい、坊主ども! 肉を食え! 肉を!」

「で、でも。そこまでご馳走になるわけには………」

とオスカーが遠慮する横でカルマは涎を垂らさんばかりに料理をじっと眺めていた。

「ガキが何遠慮してんだ! 見ろ、弟の方がよっぽど食い意地張っているぜ! 男はがっつり食ってしっかり大きくなる必要があるんだよ!」

「こんなにたくさんの鴨肉、どうやって手に入れたんです?」

 鴨肉は決して高級品ではないが、いつも狩れるわけではない。

「あん? そりゃあ去年は秋の雨が短かったからな。秋の雨が短いと木の実が豊かに実る。木の実が豊かになれば南から来る鴨が長く森にいる。猟師が狩りやすくなるってことだ。だから俺たち木こりは木の実が減らないように毎年、大麦の藁で木の苗を育ててやるのさ」

「そんなに鴨を狩って大丈夫なのかな?」

 カルマは食べかけた鴨肉を皿の上に置いた。ロベールはカルマの頭を撫でた。

「奴らは木の実を食い尽くしちまうからな。そうなると鹿やリスたちが飢えちまう」

「狩りを全くしなくなったら、森からリスや森ネズミが消えてフクロウも消えた、なんて昔話もあるくらいなんだぜ。南から渡ってくる鴨を少しばかし猟師が狩ってやらにゃならんのよ」

「だからありがたーく食べろよ、坊主」

「うん!」

 カルマは再び鴨肉にがっつき、オスカーも好物を前にたまらず食べた。疲れた後の肉の脂はたまらなく美味だ。

 ライナスは嫁が作ったという自家製のレモネードを勧めた。

「ほれほれ、ガキには酒は早かろう! レモネードを呑め! 疲れた体に効くぞ」

 ミントとハチミツで味を調えたレモネードは確かに体に染み渡るようだ。ごくごくと飲み切ったカルマはいい飲みっぷりだと、ライナスとロベールはご満悦だ。

「お前たち、王都から来たのか?」

「ええ、まあ」

「随分とまあお上品な話し方だからな」

「うちの娘たちも見習ってほしいもんだぜ」

 ライナスとロベールは中央の広場を指した。

 笛と弦楽器、打楽器の軽快なリズムに合わせてワンピースを翻しながら娘たちは村の男たちと火の回りで踊っている。一日働き通しだったにも関わらず、随分と機敏な動きで驚きだ。

 男は若い女性のダンスの相手をするものだと、ライナスとロベールはその輪の中にオスカーとカルマを放り込んだ。全くダンスなど分からない二人に年長者の女性陣は手取り足取り教えてくれて、二曲目にはすっかりマスターした。

 後日知ったことだが、このような村々が集まる大麦刈りのような機会は村同士で将来の嫁や婿候補を探す良い交流会になるらしい。例に漏れずオスカーとカルマもその標的になったわけだが、二人が誰に仕えるのか知れば、度肝を抜くだろう。

 ライナスの紹介で王都の戻る行商人に話をつけ、オスカーとカルマは夜明けと共に出発することになった。

 ライナスとロベールも、ストールをくれた女性もそうだが、どうして親切なのだろう。あったこともない子どもに対して悪意もなく分け隔てない。見返りを求めることもなかった。疑問に思ったオスカーはライナスに尋ねた。

「俺もガキの時、初めて大麦刈りに参加して、知らねえおっさんに鎌の使い方を教えてもらったんだ。そん時も皿一杯の鴨肉を食わせてもらったのさ。俺たちもおっさんと同じことをした。ただそれだけだ」


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