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第28話 同じ星を見つめる者(2)

 大英雄カルマ。

 女神グラシアールの子であり、フェーリーンの魔獣全てを打ち払った英雄。多くの苦難を乗り越えフェーリーンを人の住める地に浄化したとされている。

 しかし大英雄カルマは英雄になる前も、英雄として称えられた後も、彼の前には苦難が続いたという逸話があった。親に捨てられ、盟友とも呼べる仲間に出会うが、幾度の戦いで失い、戦いが終わっても彼の苦難は続いた。人として生きるために神の力を捨てた故か、人としての苦難も続いたという。後世の人々は「カルマ」の名を付ける際、かの大英雄と同じ苦難を与えることと同義だと、子にその名を授けることは少ない。


 シリウスは死にかけた少年が大英雄と遜色ない功績を残すことを期待してその名を授けたらしい。彼女がその時読んでいた書物がたまたま『大英雄カルマの冒険譚』だったため、少年の名は「カルマ」になった。その時読んでいたものが『魔獣大図鑑』でなくて良かったと今更ながら安堵した。

 オスカーとカルマはローブを着て、市場から出ている荷馬車に乗せてもらうことに成功した。大麦刈りだと主張するカルマに、御者は快諾してくれたのだ。

 大麦は人々が飢えないように女神グラシアールが最初に授けた穀物だと言い伝えられており、大麦が黄金であるのは女神の息吹がかかっているからという逸話がある。

 初夏のこの時期に大麦が不作であれば冬は超えられない程、大麦はグラン・シャル王国にとって欠かせない作物だ。そして初夏を過ぎれば夏の嵐がやってくる。大麦の収穫時期はその嵐が訪れる前に終わらせなければならない。今年は四日後に嵐が訪れると予言されており、例年より三日も短いことから身分や職、老人子ども関係なく麦畑に急行している。

 御者も快諾したのは大麦刈りが王国にとって一大事だからである。

 大麦刈りの間は暗黙のルールで戦争や村々の争いも中断される。大麦は平和と仲直りの象徴であり、大麦のリースを贈り物にする習慣もある。

大麦刈りの数日間、麦畑の周りにはテントが張られ、毎日のように炊き出しが行われる。何より大麦刈りの最終日は昨年造られ熟成された麦酒が振舞われる。刈り終えた後の一杯のために麦畑に行く大人がほとんどだ。刈り込み量を競い合い、賞金を出す麦畑の村落もある程、グラン・シャル王国には大麦刈りは一大イベントであった。

 オスカーが渡されたのはオーソドックスな鎌だが、屈強な農業者たちは独自に開発した大振りの鎌や押し車を持ち込み自慢しあっている程、大麦刈りに力を入れている。

 近隣の村々や王都の商人たちも大麦刈りに駆り出され、王都内から人が消えるのではないかというくらい、朝から門の外へと向かう人々で溢れていた。

 オスカーとカルマが同乗した荷馬車は長旅用の耐水屋根で、外の景色は御者にしか見えなかったが、逆にそれは好都合だったのかもしれない。素性を隠しているとはいえ、カルマの名は「女王によって生まれ変わった少年」として城外にも知れ渡っていた。道中多くの人の目につくのは避けたいのも事実だ。

 荷馬車にはオスカーとカルマ以外にも三人の少年が乗っていた。御者の息子たちでオスカーと年が変わらない年の近い三人兄弟のようだ。食べ盛りのようで軽食を取り合っており、二人にまるで興味がなさそうで安心した。

 オスカーは小声でルンルン気分のカルマに話しかけた。

「カルマ、あのさ。陛下は元気かな? その何か変わったことはない?」

「…………」

カルマは目をぱちくりとさせて、弾けたように笑い出した。

「ごめんね、オスカー。おんなじことを陛下も毎日僕に聞いてくるんだ。僕は今、オスカーの特別配膳係だから。些細なことでもいいから教えるようにって」

「そっか」

「―――あのね、オスカー。これは黙っておこうと思ったんだけれど。陛下と皆で話して、お互いのことをオスカーに言うのはダメだって言われたんだけど、僕は………その、つまり………」

 随分と歯切れが悪い。カルマの言葉の真意が分からず、

「今から僕が言うことは、僕が子どもだったからってことにしてもらえるかな?」

 カルマは大きな紫色の目で首を傾げるウサギのようだが、中々に強かな共犯を持ち掛けた。

「陛下はね、元気だよ。でもね、元気なふりをしているだけなんだ。陛下の身の回りのお世話、ずっとオスカーがやっていたでしょう? ドレスを着たり、書いたものを届けたり、お一人でできないことだってあるけれど、誰もオスカーの代わりを見つけようとはしていないんだ。いい機会だからって女中をお仕えさせるのもいいだろうって言う人もいた」

 しかしシリウスは断固として女中や新しい側近を選ぶことはなかった。

「陛下はきっとお寂しいと思うんだ。僕らだけじゃ陛下のお気持ちは分からなくて。ずっとお忙しくされているんだけれど、つまりそれは忙しくすることで紛らわそうとしているんじゃないかなって」

 カルマの言わんとしていることが、オスカーには理解できた。シリウスは自分の感情を素直に伝えられない。表現する術を知らないと言ってもいい。自分の感情を他人に悟られることを嫌っていた。傍にいるだけでは彼女の心の深淵の全ては知ることはできない。

 毎日のように付き添うカルマもオスカーと同様に気が付いたのだろう。

「ねえ、オスカー。王様はわがままで自分勝手な奴だって僕は思っていたんだ。陛下は僕を助ける選択をしてくれたから、僕は恩返しがしたい。でもそれは陛下のことをちゃんと知らなきゃダメなんだ。陛下は僕に何も命じないから、だから―――」

「カルマ。僕も陛下と長い間一緒にいたわけじゃない。幼少の頃、どう過ごしていたのかも。でも、シリウスも皆と仲良くなろうと歩み寄ろうとしている。だからもう少し待ってあげて欲しい。きっとシリウスも皆も同じ道を目指すものだ」

「———同じ星を見つめる者クレイン・シンヴァリー

「驚いた、よく知っていたね」

 カルマはふふん、と胸を張った。

 フェーリーンは星にまつわる逸話が多くある。

 夜の星々は旅人の目的地を指し示し、無数の星の中から同じ星を見つめた者が旅の仲間であるという物語だ。そこから同じ星を眺める者は知らず知らずのうちに、仲間になっている、という格言になったのである。

 そしてその星というのが諸説はあるが、「シリウス」であるとされている。

 そうか、僕らは「同じ星を見つめる者」だった。彼女はまさに僕らの道しるべなのだ。



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