第26話 星の名の神童(4)
王・聖女・騎士・魔術師・冒険者・隠者・狩人・彫金師・操具師の九つの駒を使う戦略的盤上遊戯、クロッカ。用意できる駒はそれぞれ王を除いて二つずつ。マス目に沿い、計十九の駒を使い、相手の王を奪うゲームだ。このゲーム面白いのところは一対一だけではなくマス目と駒を増やせば四人まで遊べて、駒にはそれぞれの特徴があり、王以外の駒に強さに優劣があり、駒の配置と相性で駒同士の勝利条件があることだ。
上等な香辛料の効いたラム肉はオスカーの好物の一つで、焼いたばかりのそれを用意されては、ゲームの誘いには断れず、東棟の談話室に半刻程籠ることになった。
クロッカのルールは知ってはいたが、シリウスと数ゲームやったことがあるだけで得意とは言えなかった。リゲルは想像通りクロッカの達人らしい。
シリウスと勝負をさせてみたら面白いのではないだろうか、と思うが口に出すことはできなかった。
リゲルは操具師の駒を前へ動かした。
「お前は小国をどう思う?」
唐突な質問にオスカーは戸惑った。しかし返す言葉は決まっている。
「自分には言及する立場にはないから」
「七星卿を口にした時には随分と息巻いていたがな」
「それは………。今でも出過ぎたことをしたと思ってるよ」
リゲルはため息をついた。
「なら、俺が勝手に話す。お前は好きに解釈しろ」
リゲルが語ったのは、小国の関税問題だった。女王が提案したレモンの船旅で明るみになったことではあるが、王国全土で貿易や商売によるルートが整備されていないことが浮き彫りになったのである。最も遠方である青の国と橙黄の国では、関所を十数か所も経由することになるため、無駄に関税がかかり、壺一つ運ぶのに結局は十倍の価格で売らねば元が取れなくなる。
中心にある王都は各小国と連結しているため関税を気にすることはないが、王都を経由しても並々ならぬ関税がかかり、民や商人の生活を圧迫していた。
関税は通行料としてその土地の領主の資金となり、彼らの私腹を肥やしている。
関所を通らないために夜陰に乗じて国境を越え、危険な森を通り山賊に襲われる商人も少なくない。過剰な関税が結果、治安の低下を招いているのだという。
オスカーは隠者の駒を右前に進め、リゲルはオスカーの手を読んでいたかのようにすぐに彫金師の駒を進めた。
「つまりこの王国は小国に分断されてから王都を挟んでしまった結果、民は危険に脅かされ、領主は安全圏にいて、関税で平民が一生食べることはできない高級な肉を食べる」
不思議だ。ここまで平民の生活になど目を向ける貴族は珍しい。
「俺は無駄なものが嫌いなだけだ」
成程、クロッカの駒の進め方を見れば分かる。無駄がなく、遊びもない。最短で勝利を掴みに行く戦法を取る。
迷いなく駒を進める目の前の神童と、長い言葉を交わしたことは今までなかったが、オスカーも彼の素質には気が付いていた。
四戦目にして、オスカーはハンデを貰いようやく勝利することができた。いっぱいにあった水差しを飲み干してた。喉をカラカラに渇かしてしまう程に疲弊してしまったが………。
クロッカに勝利すれば質問に答える約束をしていたリゲルは、
「リゲルはこの国の王になろうとは思わないの?」
というオスカーの問いに、躊躇いもなく答えた。
「ああ、なるつもりはない。それがどうした?」
しかし憧憬と闘争心がクリアな瞳に宿っていた。
「………」
「何だ、その顔は。俺は玉座に興味はない」
リゲルはオスカーの反応に眉をひそめた。
「―――本当に?」
リゲルは盛大なため息をつき、自らで茶を入れ直し、椅子に深く座りなおした。初勝利の褒美だと、しかし渋々という表情だ。
「俺の母ネーヴェは迷信深くて、城には何人もの占い師がいた。グラシアール教の聖職者の言葉を信じず、城の外にも出ない太后を喜ばせるために占い師たちは様々な嘘をついた」
「嘘?」
一国の王妃を騙せるような嘘なんてあるのだろうか。
「フローライトの手には王冠がある。青の国から真の王が現れる、とかな。母を喜ばせることができれば城での贅沢な生活が許され、神官の役職を与えられた。母は占いの矛盾にも気づかない程に耄碌し、グラン・シャル王国の王に俺がなると本気で信じていた。ギルガラス王の死の誓約、小国から女王への夫候補として召喚することに母は嬉々として俺が王国に行くことを止めもせず、女王から王冠を奪うと信じて待っている―――」
リゲルの目はどこか怒りを帯びていた。
「―――っ」
睨まれたオスカーは持っていたティーカップをひっくり返すところだった。
「その占い師の中に俺の父が死ぬ日を当てた本物がいた。奴は予言した。『フローライト家のリゲルは玉座につくことはなく、玉座の前に死ぬだろう』と。夫の死、息子の死を予言した占い師は城から消えた。追い出されたのか、殺されたのか、逃げだしたのかは分からない。真意や詳細は聞くことはなかったが、奴は俺の本心を見抜き、代弁したに過ぎない」
「俺は王にはならない。玉座も欲しくない。だからここに来た」
政治にも精通し、名実ともに兼ね備えた神童は断言した。
矛盾した欲の形。成すべきことを成し、見返りに権力を求めることはしないというのか。
―――じゃあ、リゲルがなりたいものは、一体………。
「さあ、俺の話はここまでだ。次の勝負に勝ったら、俺の質問に答えてもらうぞ、オスカー」
冷徹な少年の、賭け事が好きだという意外な一面を見て、オスカーは思わず笑みをこぼした。