第23話 星の名の神童(1)
気が遠くなる程大昔、女神グラシアールから大地に降り立ち人の形を成し、神話をもたらした。女神は自らの肉体と魂から子を作り、自らの権能を分け与えた。彼女は人々に言葉を与え、大地と空に還った。すなわち女神グラシアールは文化・文明の象徴なのである。
骨は大地を作り、その魂は星々となり今も夜空に輝いている。
大地の象徴である鉱物の名を持つ家名が多くあること、空や星の名のファーストネームを名付ける親が多いことも、女神グラシアールを称えてのことだ。
シリウスとは冬の空に輝く星、天狼の目を意味しているが、青白く光る星はもう一つ。
銀の輝きを意味する「リゲル」である。
城内、城下でも女王シリウスと神童と名高いリゲルを比較しては対極のようだと噂している。両者とも星の名と鉱物の家名を持つ共通点がある。
髪や目の色が対極であること、感情的な女王に対し現実主義で冷酷な神童。
シリウスが金色であるならばリゲルは銀色。
女神の血統であるベルンシュタイン家にやや劣るものの、フローライト家も名門。新たな王候補に相応しい一族には違いなかった。故に小評議会においても彼を時期王に推す派閥も多い。
しかし当の本人たちは共通点に気づいてはいるものの、気にしてなどいなかった。
「―――さっきから何だ?」
「あ、いや……その」
「視線がうるさい」
オスカーは十二、リゲルはシリウスと同じ十。二つ離れているとやはりオスカーの方が背は高く、少し見下ろすことになる。
人を人と思わぬ冷血漢の片鱗はすでにあり、人の愚行を決して見逃さない。当然リゲルは従者などいなくとも自分で身の回りのことはできるし、非の打ちどころがない少年だ。故に指摘されてもそれは正論であり言い返せない。
そしてこの幼さで小評議会への出席に声がかかった。見張りの意味もあったのだろうが、オスカーも同行することになり、説明を省略したリゲルの行動にオスカーはまだ納得いっていなかった。
「やっぱり、僕が参加するのはおかしいと思うんだけど」
「ディック候の推薦だ。それに、この中に主犯か協力者がいるか炙り出せる。罪をなすりつけた奴が王国の最高機関に顔を出せば探りを入れるだろう。この程度で動揺が誘えるとは思えないがな―――」
つまり、七星卿にオスカーを同行させるのには二つの意味があった。
オスカーが暗殺計画に無関係だった場合、罪をなすりつけた者が何事もなく七星卿の傍にいることは、首謀者を突き止めたことを首謀者に知らしめることを意味している。逆にオスカーが女王暗殺の首謀者の協力者であれば、自分の手駒が七星卿に渡ったこと、計画の全容が女王の耳に届いたことを意味し圧力をかけられるという索だ。
首謀者は失敗した時点でオスカーを殺すべきだった。この静かな駆け引きにおいて自分の存在は強力な手札になってしまっていたことに、血の気が引いた。