第22話 飛龍の騎士(4)
「―――どうして」
オスカーはテオドロスの言葉を遮った。
「どうしてそんな嘘をつくんですか、テオドロス卿」
騎士は一瞬驚き、苦い顔をした。
「いや、そうか。嘘が得意ではないとはいえ、君の忠義を試すようなことをしてすまない。君が自分の身を案じるなら、俺から陛下に進言しようと思っていた。許してくれ」
騎士は深々と頭を下げた。つきたくもない嘘を彼につかせ、大人に頭まで下げさせることになるなんて。
「―――そんな、やめてください。テオドロス卿、僕は陛下の全てを知っているわけではありません。長く連れ添ったわけでもない、本当に行きずりの関係に過ぎない。陛下はきっと自分で伝える。それだけは分かるんです」
「そうか、陛下はやはり君を信頼しているのだな」
―――違う、彼女は一度手に入れた物は手放せないだけだ。
オスカーがそう言い出せないのは、ここで騎士の信頼を落とせば処刑台への道が近づくことになるからと本能的に察した。
テオドロスはそれからオスカーが謹慎している間のことを語った。
事態の口外無用。
自己防衛の継続。
そして七つの書簡。
「書簡?」
「小国に宛てられたものだ。同盟の継続を示す文書のようなもので、破れば他の六つの小国が黙っていないだろう」
幼い子どもを箱で送り付けるような紫の国は応じるかどうかは不明だが、他六つの国にとっては十分な圧力だ。
「陛下は我々全員の誠実さを信じたわけではない。それでも、俺は応えずにはいられない。そして自分の命を賭して主を守ろうとするあの時の君の行動は、騎士の心そのものだ。飛龍の騎士と名乗る以上、誤った道を取るわけにはいくまい」
「―――テオドロス卿?」
真剣な面持ちになった騎士は跪いた。まるで騎士の叙任式のように、名剣の柄をオスカーに向ける。
「故に命は陛下に捧げ、そして忠誠のひとかけらを君に―――」
緋色の髪はテレイシオスが運ぶ風に靡き、とび色のまっすぐオスカーを捉えた。
オスカーは光を浴びた名剣の柄を取った。それは想像よりも重い。あの時、咄嗟のこととはいえ、その強さも重さも理解しないまま、軽々しく「誓い」なんて言い放ってしまったのか。
「テオドロス卿、僕は傲慢で自暴自棄になる。今もそうだ。処刑された方が楽になるとどこかで思っているんです。それに僕は———」
―――隠していることがある。
騎士は首を横に振った。
「何も言わなくていい、オスカー。誰だって傲慢で、時に自暴自棄になることだってあるだろう。君が伝えたいこと、俺は君がその答え出すまで待とう。君が我々を信じる理由もいつかでいい。君の心が決まるまで、俺に君を守らせて欲しい」
騎士の誓いは身命そのもの。もう疑問を抱くことは無礼というものだ。
頭を下げた騎士の両肩へ交互に剣先を置いた。
「立ってください、テオドロス卿」
騎士はゆっくりと立ち上がり、再び剣を立てた。
ドラゴンの翼のように広がる深紅のローブマントと鎧を纏っているように錯覚した。
幾度の戦場で戦士たちが焦がれたであろう騎士の姿がそこにあった。
「俺のことはテオでいい。親しい人は俺をそう呼ぶ」
無敗の戦士、飛龍の騎士、テオドロス・レグルス・ココアニス。
後に彼は「戦慄卿」としてグラン・シャル王国史上最も王に忠義を尽くした騎士として語り継がれることになる。
共に生きる者は皆、この騎士から人を信じる意味を知った。