閑話:シリウスの日常(2)
そしてグリシアは毎日が生誕祭の朝の子どものようにはしゃいでいたのにはもう一つ理由があった。特別な教え子がもう一人できたことである。
シリウスと入れ替わる形でとある七星卿も図書館へ訪れる人物がいた。
リゲル・フローライト。
青の国フローライト家の神童。
異常なまでの記憶力を発揮し、そして青の国の腐敗した政治に物心ついた頃より口を出していた。紅の国との国境戦線―――テレイシオス開戦―――で国境の諸侯たちを青の国の配下に置いたのは、その神童からのたった一通の書簡であったという。
その少年の言葉一つが戦況を大きく変えたのだ。権力と迷信に溺れた太后の血を継いでいるなど想像がつかない程、フローライト家の唯一の跡取りは現実的で才知に溢れていた。
クリアな薄氷色の瞳と溌剌とした発音は彼の知性を物語っていた。グリシアは彼に「先生」と呼称されることは実に光栄であった。
「しかし、陛下とご一緒に来られてはいかがですか? そして口留めなど不要でしょう? 陛下と同じ目線に立ち、この王国の未来を共に語り合う若き男女! ああ、私は教師として実に有意義な時間を過ごしています!」
神童は、グリシアの身悶えを横目に淡々と答える。
「女王がどう思うが俺にはどうでもいいことだ。そして聞く必要もない。俺は俺に必要なことを知るためにここにきた。自分の意志でこの王都に来たに過ぎない」
グリシアは成程、と頷き確信した。
「聡明なリゲル卿ならお分かりでしょう。貴族や平民、奴隷。こういった身分や階級制度が存在している限り、例え才覚があってものし上がることは難しい。しかしあなた方には才能も身分もある。この両者が揃うことは奇跡と言っても過言ではない。貴族は身分に溺れ努力を怠っても許され、平民は才覚があっても努力しても報われない。矛盾と不平等がはびこる時代ではこれはありふれたことなのでしょう。だからこそ、あなた方はこの国にとっての奇跡そのものだ。この王国は何と恵まれていることでしょう」
―――願わくば、それを私に見届けさせてほしい。
ヘクトル・グリシアは生涯、子を持つことはなかったが良き後継者たちを持ったことを日記に繰り返し綴っていた。