第114話 戴冠式
久しぶりの更新です。
セピア暦一〇一二年、春。
長い冬を終え、雪解けと共にフェーリーンに春を告げる風が吹き、花々が王都に色づく季節が訪れた。
一年以上空席となった玉座に、新たな王が就くことになった。
戴冠式は降臨祭と同日、その式典は民に公開されることになる。
女神グラシアールが地上に降り立った日をグラン・シャルでは降臨したことを祝う降臨祭では、春の訪れを祝う祭りでもある。寒い冬を乗り越えた憂さ晴らしの如く、民は着飾り踊る。
女王即位の日取りにはまさにうってつけの日だった。
王国の式典では頭から胸元までのどこかに飾りをつけるしきたりがあった。
支度を早く終えた七星卿は広間に集まり、各々の装いに会話を弾ませていた。
彼ら程派手ではないが、オスカーも服を新調した。動きやすくしかし丈夫なブーツと、側近らしいレースのスカーフに合うラセットブラウンのベスト。
本来、衣装は自分で決めて用意するものだが、オスカーはアリスタに協力してもらった。彼の美的センスは疑わしいところがあったが、今回はその感性は引っ込んでくれて安堵した。
そのアリスタは皆に代わる代わる絡み、強引にリゲルの肩を組んでいる。
「いやいや、美少女かよ! 似合ってるぜ、リゲル」
リゲルの目の色の薄氷色と似た藍玉のピアスが、彼の耳に光っている。
「お前ら、俺の耳に穴を空けておいて………」
アリスタとヴェロスの共犯により耳に穴を空けられたリゲルはここ二日ご立腹であった。
「睨むなよ、せっかくの美人が台無しだぜ、お姫様! 藍玉は航海のお守りなんだから大事にしろよ」
「辞めろ、触るな!」
体格では若干劣るリゲルはアリスタの力技には叶わない。せっかく整えた髪をぐしゃぐしゃと撫でまわされ、リゲルは終始迷惑そうに逃げ回っていた。こうして見ると年相応の反応で新鮮で、思わず笑ってしまう。
「俺は海賊だからな! 仲間に施しをするのは当然だ!」
アリスタは、リゲルには藍玉、ヴェロスには瑪瑙、カルマには紫水晶、フィオーレに真珠をあげたのだとここ数日威張り散らしていた。当の本人は珍しい、グリーンの珊瑚の髪飾りを付けていた。
「本当は、ヴェロスには砂漠の薔薇がいいと思ったんだけど。見た目が地味だから却下した!」
「そうか」
「気に入ったか?」
「まあな」
元々耳に穴を空けていたヴェロスは鮮やかな瑪瑙がよく似合う。しかも自分で削ってひし形にしたというのだから、ヴェロスの器用さには驚かされてばかりである。
「その形かっこいいなあ! でもでも、僕もいいでしょ、でしょ?」
カルマは、七星卿の装いを褒めて回り、自分も褒めてもらおうと、とびきり大きな紫水晶をあしらったネックレスを見せびらかして回っている。
「お前も男前だぜ、カルマ! いっちょ前にマントなんかしちゃって!」
アリスタはカルマを捕まえてうりうりと頭を撫でまわした。
右肩から腰にかけての短い紫色のマントと、アッシュグレーを基調としたシャツ。髪もぴっちりと結んでいるから、大人っぽい装いでも違和感はない。
無邪気な若人たちの戯れを、テオとリャンは片隅で見守っていた。巻き込まれまいとオスカーは大人組の方へと逃げた。
鎧を下ろし、柔らかい衣服にテオは落ち着かない様子だった。騎士の証である深紅のマント、赤い鉱石のブローチを胸元に飾っている。
「些か、恥ずかしいものだな」
「紅玉か。期待を裏切らないな、テオドロス卿」
「紅の国では、古いものを身に着けることが風習なんだ。これは母親の遺品で、父にこれを付けろと言われてな。女性のもので恥ずかしいのだが、これしか装飾品がなくてな。リャンは黒曜石か」
「ああ」
銀糸で細かく刺繍された長い黒衣。黒曜人であるリャンに相応しい涙のような形のピアスを片耳だけに着けている。
「片方だけとは珍しい。どなたから貰ったものか?」
「元は弟のものだ。片方は弟が持っている」
オスカーとテオは二人同時に「えっ」と声を上げ、その反応にリャンの方が戸惑った。その表情に、オスカーとテオは顔を見合わせ笑った。
「何が可笑しい」
リャンはきょとんと目を丸くし、テオは慌てて弁明した。
「いや、意外だったんでな。君の口から兄弟の話が出るとは思わなんだ」
皮肉屋でミステリアスなリャンから家族の話が出たことが何故か嬉しかった。
「今度、お互いの家族のことを存分に語ろう」