第102話 審議の時間(3)
「言いたいことは言えたか、サンディカ・ローレス」
「———っ」
呆れるわけでもなく感情的でもない、淡々とした声色で話す少女に、ローレスは目を見開いた。全て知っていた上で自分の口から言わせたのだ。
議長席から下り、広間にシリウスの歩く靴音が響いた。
「押さえていろ、テオドロス卿」
「はっ」
シリウスに命じられる前に動いていた飛龍の騎士は、ローレスの鎖を剣で押さえた。テオの静かな威嚇にその場にいる四人の泥ネズミたちは恐怖で動けないでいる。鞘に収まっているとはいえ剣を抜く速さを知っているが故に、その刃が彼らの首を跳ねるのは容易いことだと分かっていた。
シリウスはローレスの前に立つ。膝をついたままのローレスを見下ろす形になり、罪人と余りにも近すぎる距離に、諸侯たちは狼狽した。どれ程残酷な判決が下されるのか、それともこの場で首を跳ねるよう命じるのか、と息を呑んだ。
しかしシリウスが口に出したのはそのどちらでもない。
「メアリー・ホーソンを知っているな」
不審な死を遂げた女中、ホーソン家のメアリー。
数多くいる女中の名前など知るはずもない諸侯たちからすれば、この場の審議に上がってくることは何か重要な意味があるか、それとも女王のお気に入りだったのかと勘繰った。
シリウスは声を張り、諸侯たちに顛末を聞かせた。
「メアリーは城に仕える女中の一人だった。だが、何者かが私たちを殺すために送り込んだ刺客。だが、それはすぐに失敗し、そして口封じのために殺された」
痛ましいことではあるが、女中一人の死に、少女が結び付けた妄想ではないか、と訝しげに眉をひそめた。それがどうしてこの傭兵たちの罪に関係があるのか、と。
「ホーソン家はかつてアイギアロスにあった諸家の一つだ。貴様に聞き覚えはないか?」
シリウスの詰問に、ローレスは鼻で笑った。
「知りもしないですよ。たかが女中がどうして気になるんです? あんたは女王だ、いくらでも殺したい奴はいるだろうさ」
「———メアリーは私と七星卿の暗殺に加担していたにも関わらず、最期にはその証拠を密かに残してくれたからだ。彼女の残したものこそが主犯が渡したもので、それが全ての謎を解くヒントになった」
怒りで感情が揺らいだシリウスの表情を見て、ローレスはその隙を逃さなかった。
「我々泥ネズミが主犯だと? そのメアリーとやらがどうであれ、危険分子の思惑を一々確認していくのですか? どんな法があろうとあなたは命じればいい、王都にのさばるネズミなんて、殺してしまえばいい、あなたの父君がそうしたように」
雄弁に語る罪人に、審議の間は騒然とする。そしてまるで自分の舞台のように、ローレスは声を張り上げ、訴える。
「お集まりの諸侯の皆さま! お聞きの通り私の父イリド・ローレスは王命により処刑されました。王の理不尽な命令で、無実の罪で死んだ。そしてかつてのアイギアロスの騎士たちの息子が、我々『泥ネズミ』なのです! 真の罪人は我々ではない、罪なき者を殺した王の血を引くこの娘だ!」
ローレスの演説に、諸侯たちの視線はシリウスに集まる。
半年前の過激なシリウスなら、腰にあるレイピアを突き刺し黙らせていただろう。しかし今のシリウスは怒りの矛先を変えることを覚えていた。そして侮辱の言葉に応じる方が負けることも理解していた。
シリウスはただローレスを見下ろした。
ほんの一瞬、ローレスがその姿に慄いたように、オスカーには見えた。