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第86話 毒蛇の毒を抜くまで(4)

 愚かな王の行いで民の心は離れた。王の歴史を記す王立図書館のヘクトル・グリシアにとってはやり切れない思いだったのだろう。それでも王の意向に背くことはできず、彼はペンを取り、王家の歴史にその事実を書き込んだ。

「つまり、泥ネズミは、処刑を免れた騎士や、処刑された騎士の親族ということ? 傭兵くずれとなってまで………」

「お前とカルマを襲ったのもそいつらか」

 シリウスの声は震えていた。グリシアは目を細め、蝋燭の炎をぼんやりと眺めた。

「陛下、最も恐ろしいのは、悪を悪と分からぬまま、それを正義と思い込む空気と慣習、そのものです。それを是とする集団が生まれてしまえば、例え疑問を思っても抜け出すことは難しい。悪として育つのです。毒の土で育っても、花は花として咲いてしまう。ギルガラス様は悪を殺すために悪を成す他なかった」

「グリシア、貴様は。先王を、父のことを―――」

「どれだけ知っているか、ですかな? しかし今、陛下の御心は件のことでいっぱいでしょう。今は欲張らず、目の前のこと片づけねば。あなた様にギルガラス様のことを語る日が来ることを心待ちしております」

 グリシアは地下牢から出た途端、ふらふらと歩くこともままならず座り込んでしまった。

オスカーはグリシアの屋敷の使用人たちに知らせに行かねばと走り、リゲルも慌てて追いかけた。グリシアが牢屋から出たことはまだ大っぴらにすることはできないと、冷静に判断したからだ。

 数日ぶりに光を浴びたせいだとグリシアはぼやき、シリウスは廊下で二人が戻ってくるのを待った。医者を連れてくるかというシリウスの親切な提案にも、グリシアは首を横に振った。薬嫌い、医者嫌いとは耳にしていたが、こんな時でもワガママを言うとは。

「少しは私の言う事も聞いたらどうだ? いい大人だろう」

「私は今まで医者というものを信じたことがございません。彼らはいつも決まって本を取り上げるのだから。ああ、それよりも陛下、その………。ご無礼を承知で申し上げたいことが………」

「まだ語り足りないか?」

「ええ、もちろんですとも。私から語るということを取り上げてしまえば何の取り柄もなくなってしまう。我が舌は女神グラシアールから遣わされた雲雀の王から授けられしものです」

いつもの調子を取り戻したグリシアは、ペラペラと舌を回した。

「以前、陛下は私にご質問なさいましたな? 自分より優れた王が現れたなら玉座を譲るべきか否かと。王都で育ったもっと良き王が現れるのではないかと」

―――いつの間にそんな話を?

 間が良いのか悪いのかちょうど戻ったオスカーはグリシアとシリウスの会話を聞いてしまった。

「その話か」

 シリウスはオスカーから目を逸らした。

「私は、陛下が王都でお育ちにならなかったことを欠点とは思いません。むしろこの王国を、フェーリーンを変える新たな風になると望んでおります」

グリシアは突然、騎士のように膝をついた。彼が生涯において膝をつき願いを請うたのはシリウスの以前のもう一人いたに違いない。

「陛下、どうか、どうか。この国をお救いください。陛下と七星卿のお力を持って」

先王ギルガラスの唯一の功績は、このヘクトル・グリシアを王立図書館の館長にしたことだと、誰もが思ったことだ。それは間違いのない事実だろう。亡き先王とシリウスを重ねて見ているのかもしれない。

それでも構わない。

「立て、ヘクトル・グリシア。貴殿は騎士ではない。私に忠誠を誓う必要も、懇願も不要だ」

「では、女神グラシアールに誓いましょう。陛下と陛下のご家族に我が叡智を授けましょう」

アイギアロスの実態がもし真実ならば、悪夢は終わっていない。

―――理不尽をなくさなければ。

 体裁も義務もなければ、シリウスに宿る原動力はそれだけだ。

―――人が死ぬのは別にいい。だがその死に理由がなければ意味がない。私は私を納得させる理由をいつだって求めている。

 シリウスはグリシアの誠意に応えるように、目を瞑った。

「ヘクトル・グリシア。貴殿が先ほど言っていたな、小評議会でも知る者は少ないと。その数少ない者は誰だ?」

「恐れながら陛下………。私の言うことが事実とは限りませんぞ。嘘を吐くかも」

「私の父を信じた貴殿を、私は疑うことはすまい。何を今更取り繕っているのだ?」

 グリシアは立ち上がり、そしてシリウスの問いに答えた。

「レイニー・ディック候、ハロルド・グリッダー候。そして、ベンジャミン・ルーサー候でございます」

 


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