メリークリスマス
めんどくさい事になった。
リサイタルのチケットをもらってしまったのだ。
いかにも成金趣味の、ディナーつき、ピアノソロ。
食い意地の張った旦那は喜んでるけどさ…。
立食パーティーと違って逃げ出せないのがね。
ステージ企画アリとかさあ…。
まあ、二時間我慢したら何とかなるとはいえ。
すさまじい、疲労感が私を襲う。
『メリー!!クリスマース!!!!』
うめカクテルを片手に、乾杯をして。
とりあえず、にこやかに着席おば。
聞いたことないような耽美なミュージックが流れ始める。
ごくりと、二杯目のカクテルを飲み干した時。
なり響いたのは、不協和音も甚だしい、叫び声…いや、歌声。
うすうす気付いてたけどね、このカオス展開は…。
いまマイク握ってるのってさ、旦那のカラオケ友達なんだもん。
くすくすと笑い声が聞こえないでもないけど、気付かぬふりをする。
『メリー!!クリスマース!!!』
アニメのイントロが流れ始めて、酒を飲む手を止めた。
がぶりとチキンを頬張る旦那が、席を立つ。
ヤバー!!!これはまさかの鼓膜大ダメージタイムの到来か!
あるく旦那の向かう先は…!!!
ぐびり、ぐびり、ぐびり、ぐびり、私のピッチが急上昇。
まじすか、本気すね、舞台上がるのね。
とりま、逃げ出していいですかね。
いやすでに、もう遅い、逃げ出せないね、飲むしかないね!!
≪ボー―――――――エ―――――――――――!!!≫
めちゃくちゃだよ!!!
脳髄を直撃する破壊音に、会場が静まり返る、いや、どよめく!!!
ノリノリで歌ってる旦那だけどね、空気はさい悪ですけど?!
くそう、誰だ、参加者に歌うたわせる企画にOK出したのは!!!
あのね、歌は上手い人ばかりとはね、限らなくてね?!
美しいピアノ演奏が…瞬く間に不快な呪詛増幅システムと化す!!
こうなったらもう、歌い終わるのをひたすらまつしか…ない!!
すずしい顔を決め込んで、私はチューハイに手を伸ばした。
『メリー!クリスマース!!!』
うめーうめー!!!
りょーりがうまいとさけもすすむわ!!!
ぐいぐいのんでもりもりくって!
くいすぎとかしらんがな!!!くえるもんは食うがな!!
ノリノリで酒の追加をにーちゃんにお願いしたでしかし!!!
ウィっすウィっす!何回目かわかんねーけどカンパーイ!!
うまうま!!ぐびぐび!!!
ステージ?ああいいともさ、ステキな歌声聞かせてやるさ!ぎゃはははは!!!!
ジングルベール、ジングルベール、鈴がーなるー♪
「・・・あたまいてぇ・・・。」
やけに愉快な夢を見ていたような気がするが、この目ざめの悪さはどうだ。…あれ、なんで私はソファで目を覚ましたんだ。これはいったい。
「ちょっと!!!昨日ひどかったよ!!!」
「ひどかった。」
「もー!!!お母さん飲みすぎ!!!」
「ごめ、もうちょっと小さな声で…。」
おかしいな、娘の声は、息子の声は、旦那の声はこんなにも打撃をねじ込むような破壊力を秘めていただろうか。
ええと、昨日は確か、萩原さんのお誘いで、クリスマスディナーリサイタルに行くことになって、ええとー…。
おかしいな、やけに記憶がはっきりしないぞ、これはどうしたことか。
「お母さんずるいんだよ、歌手の人とデュエットしたりさ!!ステージに立つのは一人一回ってチケットに書いてあったじゃん!!!」
何やら旦那がプンプンしているが、こちとら頭痛がひどくてですね…。
「わかったわかった、ごめんごめん・・・。」
「お風呂も入らないで寝ちゃうとか駄目じゃん!!!」
「だめすぎる。」
「もー!!こんなんじゃ今年はお母さんにはサンタさん来ないよ!!!」
・・・しまった、私は風呂にも入らず寝てしまったのか。
「今から入るから、サンタは来るはず…。」
「今ごろサンタが大吟醸を投げ捨ててるかもね!!!」
クリスマスの朝、私の枕元に大吟醸は届くのか否か。
届くと、いいなあ、そんなことをぼんやり思いながら。
私は、のそのそとお風呂場に、向かったという事です…。