シュウチャク駅
男は深夜残業を終え、家族の待つ自宅への帰路を辿っていた。
職場から最寄りの駅に着き、ホームへ降りた。
場所柄もあり、深夜帯には人ひとり見当たらなかった。
男が立っていた近くにあるホームの街灯は薄暗く、蛾や羽虫がたかっていた。
この時間には珍しく、一人の女性が同じホームへ降りてきた。
彼女の近くにある街灯は点いたり消えたりを繰り返しており、ストロボのように彼女を照らした。
女性の髪は前に垂れ下がり、顔が全く見えなかった。
男はその様子を気味悪がりながらも、最終電車に乗り込んだ。
電車の中には運転士以外、私と先ほど同じホームに降りてきた女性以外に人はいない様子だった。
男は車両と車両の繋ぎ目の近くにある椅子に腰を下ろし、携帯でニュースを眺めていた。
視界の隅に何かの気配を感じたため、ふと視線を上にあげると、
車両の繋ぎ目のドアとドアに挟まれた狭い空間から
先ほどみかけた女性が包丁を振り上げ、ドアのガラス越しにこちらを覗き込んでいた。
男は明らかな殺意を感じ取り、防衛本能から反射的に席を立った。
そして、その女性から距離を取るべく後ずさりをしていた。
女性は車両間のドアをゆっくりと開け、こちらにジワリジワリと迫ってきた。
運転士に助けを求めようにも、運転士は女性の向こう側で運転業務を行っている。
声をあげて届くとも思えない。
全ては計算されており、明らかな殺意があった。
男は一番端の車両まで逃げたが、それはもう逃げ場が無くなったということを示していた。
心臓の鼓動が異常なまでの速さで鳴っている。
女性もまた、男と同じ一番端の車両に入った。
しかしその動きはジワリ、ジワリと迫ってきていた、
まるでこの時間を出来るだけ長く味わうかのように。
女性はなにかを囁いているようだったが、よく聞き取れなかった。
男の額に一筋の汗が垂れた。
男はゴクリと唾を飲み、彼女と話をしようとした、
「危ないですから、包丁、を下ろしてください・・・。」
すると女性は顔が見えるように髪を後ろに流した。
その女性は男が大学時代に付き合っていた女性だった。
大学卒業後、男は職場の知人から紹介された別の女性と浮気をした。
大学時代の彼女は男と別れることになり、一方で男は浮気相手と結婚し、家庭を持った。
男は愕然とした。
「あの時は本当に申し訳なかった、本当に申し訳ない・・・。」
包丁を持った彼女はなにかを囁きながら、男のほうへ近づいてきた。
女が男に密着し口元を耳元へ近づけ、ようやく聞き取れたその言葉とは
「・・・ココがアナタの終着駅」