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龍とニャンコと韻紋遣い  作者: 白紙撤回
第三章   ニャンコぎらいは損をするのだ(必ず後悔させるのだ)
9/33

3 - 2

 

 

 

《装龍紋》を刻むことをフェゼーノンに断られたボクは、《双塔の街》までの旅の途中で《海崖かいがいまち》に立ち寄った。

 そこは《龍首の半島》の西のつけ根──《龍》の右肩に当たり、現在は《帝国ていこく》の統治下だけど《王国》領だった時代もある。

 付近一帯は文字通り海から崖がそそり立つ地形で、入り江を整備した船着き場はあるものの街との行き来に数十段の階段の上り下りを要するため貿易港としての機能は低く、出入りするのは漁船と客船が中心で交易船の来航は稀である。

 街自体も《帝国》と《王国》の国境近くにあるがため長年の係争地として幾度も戦火に焼かれ、そのたびに再建されるものの街から逃げて戻らない住民も少なからずいる。

 結果、《王国》と《龍首の半島》を結ぶ街道沿いの宿場というほかに、とり立てて言うことのない小さな街となっていた。

 だから酒場の数も限られ、地元民や巡礼や交易商人とその護衛などと必然的に隣り合わせの席になる。おかげで《獣人》であるボクに白い眼を向けてくるヤツもいるけど、それより先にまずボクが《韻紋遣い》であることに気づくから、あからさまに喧嘩を売られることはそれほど多くない。

 ないとは言えないのが悲しいところだけど適当にあしらうように、いままでこの街を訪ねたときは心がけてきた。

 ところが、このときは酒場に入った途端、イヤな空気に迎えられた。実は街の門をくぐったときから、すれ違うニンゲンたちの視線の冷たさに気づいていたのだけど、その理由を確かめるためにも酒場を訪ねなければならなかったのである。

 顔なじみである店主のネルドスが店の奥の厨房との仕切り壁の前に立っていたのを見つけて、ボクは歩み寄って声をかけた。

 

「お久しぶり。景気はどう? なんてたずねようと思ったけど、みんながボクを疫病神みたいに迎えてくれるね」

「フェルシェットか。いや、うん、間の悪いときに来たな」

 

 ネルドスは気まずい顔をして、

 

「だけど、この一件をおまえさんが片付けてくれたら、みんなにとって良い結果になるんだが。街の者にも、おまえさんにもだ」

「仕事の依頼? ボクは先を急ぐ旅なんだけど、いちおう聞いておくよ。どんな話?」

ぎだ。このあたりの街道を行く旅人や近隣の村の者が見境なくやられてる。護衛をつけた商人の馬車まで襲われた。いや、それだけならよくある話なんだが」

「よくあっても困る迷惑な話だけど、それだけじゃないんだね?」

 

 ボクが首をかしげて言うと、ネルドスはうなずいて、

 

「襲われた者はたいていその場で殺されるが、運悪く生きたまま捕まったヤツはなぶり殺されて死体を捨てられる。商人一行で運良く逃げられた者の話だと、襲って来たのはメスの……女の《獣人》と、《韻紋遣い》の大男のふたり組だ」

「はあ」

 

 そりゃボクが疫病神扱いされるわけである。ボクは《獣人》で《韻紋遣い》なのだから。ひとり旅のチビだけど。

 

「そいつらがどのあたりに潜んでるかはわかってるの?」

「わからん。街道沿いのどこかなんだろうが」

「街道沿いってつまり海沿いだよね? 崖が低くなってる場所があるから海側から登って来られないこともない。どこかに洞窟でも見つけてかくにして、船を使って移動してるんじゃないのかな。領主様は討伐の兵を出す予定はないの?」

 

 ボクがたずねると、ネルドスは苦笑いで首を振る。

 

「うちの御領主様はそこまで領民思いのお方じゃあない」

 

《海崖の街》の領主は《帝国》諸侯のオーゾートこうである。彼にとって《海崖の街》はいくつか抱える領地の一つにすぎない。それでも戦争になったとき《王国》に街を奪われることは嫌って市壁や堀の補修に気を配っているけど、周辺地域に現れる追い剥ぎの討伐までは考えてくれないようだ。

 

「それでこの街の商業組合と、襲われた商人が属していた《誓願せいがんまち》の組合が賞金を出し合って金貨一千枚で討伐依頼がかけられたんだが、いまのところまだ引き受けようっていう冒険者が現れない。何しろ相手が《韻紋遣い》だ」

「なるほどね」

 

 ボクはうなずいた。

 

「ちなみに『競合有り』の依頼だよね? 相手の居場所がつかめてないから賞金は早い者勝ちでしょ?」

「その建前だけど、実際まだ誰も話に乗ってこないからなあ」

「《誓願の街》でも同じ依頼がかけられてたら、向こうで誰か動いてないかな。こっちより繁盛してる街だし」

「言ってくれる」

 

 ネルドスは苦笑して、

 

「だけど、こっちの地元で起きてる事件だ。できればこの街で依頼を受けてもらった建前にしたい。おまえさん、やってくれないか?」

「仕方がない。《獣人》はともかく《韻紋遣い》が起こしてる事件というのが気に入らないんで、まあやってみるよ。先にほかの誰かが片付けてくれたら、そのときはそのときで」

 

 正直なところ早く《双塔の街》へ行って《装龍紋》を刻んでもらいたくて追い剥ぎの討伐依頼なんて乗り気じゃなかったけど、ボクは引き受けることにした。

 世をねた《獣人》が悪行に走るのは珍しいことではなく、余計にボクたちの評判を落とす原因になっているのだけど、それ以上に《韻紋遣い》が追い剥ぎなんてみっともない真似をしているという話が気に入らなかったのである。

 そいつが本当に《韻紋遣い》だとすれば、よほどの三流である。《韻紋遣い》が悪事に手を染めるにしても、もっと稼げる手立てはほかにあるはずなのだから。

 

 

 


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