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龍とニャンコと韻紋遣い  作者: 白紙撤回
第八章   ニャンコだけどおヒトよしなのだ(獣人だし半分ニンゲンみたいなものだし……)
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8 - 2

 

 

 

「フェルシェット=フェルシャ殿。あなたがリット卿の背信を伝える使者を買って出たのは、《彫紋師》のルシーナ・エルニ女史と、その娘で革細工師のマレア・エルニ嬢の動向を案じてのことですね」

 

 マイコロニスは言った。

 

「彼らはこの《双塔の街》の職工組合に籍を置く正規の職人ですから当然、街の防衛に参加します。街と《市会》に忠実であり、その敵に対しては盾となりつるぎとなって戦うことを宣誓しなければ職工組合には加入できないのです」

「ボクがマレアちゃんたちの動向を知るため街に残ると決めたことはユーヴェルドとエシュネにしか話してない」

 

 ボクは答えて言った。

 

「ユーヴェルドに話したときは、ほかにもルスタルシュトや何人かの仲間がそばにいたけど、いずれにしろ冒険者同士の話だ。でも冒険者が直接あなたの情報源であるはずはない」

「仲間同士の信頼であるか」

 

 老騎士が問い、ボクは首を振る。

 

「つい最近もボクは冒険の途中で仲間に裏切られた。同業者を仲間と呼ぶのはボクらの業界の慣習だけど、残念ながら誰もが本当の意味でその呼び名に値するわけじゃない。仲間内の噂を垂れ流す程度は裏切りとも思ってない者もいるだろう。でもこの一件をニキオリス殿に伝えるヒマや手段があった冒険者はいないはずだ」

「あなたが正解を言われたとしても、私はそれを肯定も否定もできる立場ではありません」

 

 マイコロニスは控えめな笑みを崩さず言った。

 

「情報源は《共和国》に属するもので、私個人に与えられた権限は提供された情報の取り扱いについてのみです」

「でもキーヴァンさんでしょ? きのうの夜、酒場に何人の冒険者がいたか数えられて、それをニキオリス殿に伝える伝手ツテがあったとすれば、以前からずっとこの街にいた彼だけだもの。ボクが街に残ることはエシュネがキーヴァンさんに話したんだろうね」

 

 ボクが言ってもマイコロニスは表情を変えない。

 うん。それはわかってる。肯定も否定もしないと彼は言ったもの。それなのにボクはちょっと感情的になっちゃってる。

 キーヴァンさんには腹を立ててない。彼は見たこと聞いたことをそのまま《共和国》に報告するのが仕事なのだ。彼を仲間のひとりのように思っていた冒険者もいただろうけど、そもそもキーヴァンさんは冒険者ではない。

 彼は最初から仲間ではなかった。ただ腕のいい料理人であり、そして《共和国》への情報提供者だ。評判高い《共和国》の諜報網は彼のような情報源をあちこちの街や村にいくつも抱えることで成り立っているのだ。

 ボクがムカついているのは、マレアちゃんやルシーナさんに逃げ道がないことを伝えてきたマイコロニスに対してだ。

 だから何? ふたりが心配なら、この街に残れと? マイコロニスの護衛になれば、戦争に関わらないはずの冒険者であるボクがこの街に残る口実ができるから?

《帝国》軍の攻撃が始まって、この街が持ちこたえられそうもなくなればマイコロニスは脱出するだろう。ボクが護衛になれば、それを助けることになる。そのときにマレアちゃんとルシーナさんも一緒に連れ出すことができれば、ふたりを《共和国》に受け入れるくらいの便宜は図ろうって、そういうこと?

 しかしマイコロニスは、ボクの想像から外れたことを言ってきた。

 

「私は、この街を《帝国》から守るために私のやり方で戦います。戦争ではなく外交と政治がその手段です。フェルシェット=フェルシャ殿には、その力添えを願いたい」

「あなたは《共和国》の外交官だ。母国の利益のため状況によってはこの街を見捨てることも選択肢に入るんじゃないの?」

 

 ボクが言うと、マイコロニスは首を振る。

 

「それでは得点を稼げない。私は野心家なのです。任地を捨てて逃げ出すことは外交官にとって失点です。この街を救い、私の力を示す。それが私の目的です」

「この街にいて、どうやって? 《皇帝》が戦場に現れるのを待って停戦交渉するの?」

「それも選択肢の一つですが、必ずしも私自身が交渉の席に着かなくてもいいのです。実際に交渉に臨む同僚のため、有利な手札をできるだけ多く揃えることも外交官の仕事です」

 

 マイコロニスはアルスタスをはじめとする《市会》幹部たちを見渡した。

 

「ですから、ここでの戦いはこちらに優位に進めなければならない。《帝国》が音を上げるまで街の皆さんに粘り続けて頂かなければならない。そのためには本国からの協力をできるだけ多く引き出さなければならず、それは私の仕事です。そして、フェルシェット=フェルシャ殿が私個人の切り札だ」

「ボクが?」

 

 きき返したボクに、マイコロニスはうなずいて、

 

「あなたが単独での冒険の経験が豊かで機知に富んだ冒険者であることを私は承知しています。ですから《帝国》軍が街を包囲した場合、本国からの伝令との間で確実に情報を受け渡すには、あなたが適任なのです。そのほかにも戦闘以外の場面でお願いしたい仕事がたくさん出て来ると思う。申し訳ありません。護衛というのは方便で、実際には私の補佐役をお願いしたいのです」

「《帝国》が音を上げるまで街のみんなに粘ってもらうと言ったけど、敵は諸侯を総動員して、こちらはすでにリット卿が離反した。兵力の差は圧倒的だよ。それでいつまで、どうやって戦うつもりなの?」

 

 ボクはたずねた。

 マイコロニスが本当にこの街を救えるのか。その確信がなければボクが彼のために働く意味はない。ボクはボクのやり方でマレアちゃんやルシーナさんを救うしかない。

 マイコロニスは答えて言った。

 

「《帝国》軍の兵数の多さは実は彼らにとって足枷でもあります。兵士は日々、食事を摂る。しかし《帝国》本国は貧しく、そちらからの兵站はあまり期待できない。だから彼らは通りがかった街や村で略奪を働きます。

 でも、きょうやあしたの食事はそれで手に入れたとして、あさっては? そのまた翌日は? 略奪で兵力を維持するには、部隊を常に新しい土地へ移動させ続けなければならないのです。この《双塔の街》で足止めされれば不利になるのは彼らのほうだ。

 その一方で敵の兵士たちは、ことに盗賊まがいの傭兵連中は、この街の豊かさも知っています。《帝国》軍の上層部が《双塔の街》の攻略に時間をかけるより、さっさと南下して《浮島の港》を攻めたほうがいいと判断しても、目の前にある街の富に目が眩んだ兵たちは素直に従わないでしょう。敵の指揮命令系統が乱れれば、つけ入る隙が生まれます」

「《帝国》軍の自滅を待つというの? 外交力が評判の《共和国》にしては消極的すぎる作戦だね。この街をおとりにするつもりが本当になければだけど」

 

 ボクが言うと、アルスタスたち《市会》幹部が何やら目配せし合った。

 なるほど、彼らにはすでに《共和国》側の秘策が伝えられているのだろう。だから圧倒的兵力差にもかかわらず《帝国》軍に抵抗する気になったのだ。

 答えは老騎士から返って来た。くっくっと笑いを噛み殺して言った。

 

「どうやら、そのあたりはマイコロニス殿と《市会》幹部の方々との内緒の話らしくてな。我が輩も本当のところは聞かされておらぬが、想像するのは勝手であろう。《帝国》は、いままで誰と戦って来た? それは大義のある戦いであったか、それとも盗賊まがいの蛮行ではなかったか? 《帝国》に遺恨を持つのは我が輩ばかりではなかろう。違いますかな、ボンフォルシオ殿?」

「それは答えを求めての問いかけですかな、騎士どの」

 

 アルスタスが問い返し、老騎士は笑って首を振る。

 

「それが貴殿の答えということで承知いたした」

 

 なるほど。《共和国》はどうにかして《帝国》の「背中を刺す」算段をつけたのだ。

 だが「実行犯」の手に短剣を握らせるには、《帝国》の全軍をこの街に引きつけて背中に隙を作らせなければならない。

 それまで何日あるいは何十日かは持ちこたえる覚悟が必要だ。

 

「……契約期間は《帝国》が撤退するか、あなたがこの街を離れるまででいいかな?」

 

 ボクはマイコロニスに向かって言った。心の内を読ませない、この貧相な男にボクは賭けてみることにしたのだ。

 まったくボクはおヒトよしだ。たった一度、仕事を依頼しただけの《彫紋師》と革細工師のために戦争が始まる寸前の街に留まり、これまた初対面のしかも油断のならない人物の護衛という名の雑用係を引き受けようとしている。

 だけどマイコロニス個人よりも《共和国》の外交官という彼の背負った看板をボクは信用することにした。彼がこの《双塔の街》を守るというならボクはその手助けをしよう。そうすればマレアちゃんもルシーナさんも救えるのだ。

 

「それでお願いします、フェルシェット=フェルシャ殿」

 

 マイコロニスは相変わらずの控えめな笑みで言った。

 

 

 


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