8 - 1
第八章 ニャンコだけどおヒトよしなのだ(獣人だし半分ニンゲンみたいなものだし……)
《共和国》の建国を宣言した《浮島の港》の住民たちは、ただ天然の要害であることをもって誕生したばかりの「祖国」を守れるとは考えなかった。
彼らは正しい情報とそれに基づく正しい判断、そして自国の利益を最大限に確保しつつも敵を作らず、敵につけ入る隙も与えない正しい外交が祖国の死命を制するという結論に思い至った。
島がいくつか集まっただけの自称から始まった「国家」である。《中の海》を取り巻く四大国には国力で及ぶべくもない。他国も皆、初めのうちは《共和国》など相手にしなかったろう。
そこで《共和国》の指導的階層の者たちは、他国の代表者をともかくも交渉の場に引っぱり出すには、その国の誰をどのように動かせばいいか探り出すことから始めた。
王族、宰相、貴族、王妃、愛妾、さらに君主自身の歓心を買うため、まずは《浮島の港》の職人や商人の名義で宝飾品、芸術作品、現金そのものなど様々な贈り物がされた。
いまだ「国家」と認められない段階では《共和国》の名前を出すことは避けた。職人や商人個人あるいは同業組合として交誼を結ぶのである。ただし、自らが《浮島の港》に属する者であることは常に強調した上で。
財源には事欠かなかった。《浮島の港》の職人たちの技術力とそれに裏打ちされた生産力そして経済力は、一つの街としては抜きん出て高い。船乗りたちは自国の領海で潮目を見る眼を鍛えた上で外国との交易に乗り出し、これまた莫大な富を稼ぎ出す。
そうして権力の「周辺」にある者たちに取り入りながら、その国における真の権力者が誰であるかを慎重に見極めた。最も有力者であると思われた宰相が実はほかの誰か、たとえば君主の愛妾の意のままに動いていたということなど、よくある話だった。
権力者を見分ければ、あとはその者への働きかけを強める。しかし「周辺」の者たちもないがしろにはしない。君主の代替わりそのほかの理由で国家の権力構造が変わることなど、やはりよくある話だからである。
そうして相手を席に着かせたら本番の交渉の始まりだけど、そこでものを言うのが情報だった。相手の知り得ない情報をできるだけ多く手の内に握り、相手の弱みを突き、相手の望みが叶う可能性を匂わせ、価値の低い情報を大事なもののように見せかけながら共有して恩を売り、こちらの望み通りの方向へ結論を導くのだ。
こちらのその望みが正しいかどうかは《共和国》の国家としての判断にかかる。自国の知り得た情報という手札をどのように使うかは交渉に赴く外交官の判断に委ねられる。
だから《共和国》では外交官は国家の指導的階層の一員とされ、また指導的階層には常に正しい判断力を有する者があるように共和制という政体がとられた。それは実際には貴族共和制で、幼少期から将来の指導者層となるべく教育された上流家庭の子弟にのみ政治参加を許すものだった。煽動者に多数の庶民が乗せられる衆愚政治を避けるためである。
そうして着実に外交的な得点を重ね、存在感を増した《浮島の港》は、独立した政治主体として認められるに至った。《共和国》の主権国家たる地位を諸外国が受け入れたのである。
いまや《共和国》の外交力の高さは世に広く知られるようになった。そしてその源となるのが情報力であった。
彼らは情報を得るためにあらゆる手を尽くした。
そのことは《共和国》の諜報力として世の人々に語られることとなった。