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街の中心に近づくにつれて路上にもヒトの姿が眼につくようになったけど、皆、慌ただしく立ち働いている。
武器屋や防具屋から商品を運び出して荷馬車に積み込んでいたり、食堂や小売店からも《市会》が徴発して一元管理するためか野菜や肉や小麦粉などの食材が運び出されていたり、緊張した面持ちで足早にどこかへ向かう男たちや女たちがいたりする。
箪笥や寝台など家具を運ぶ荷馬車や荷車もあって避難が始まったのかと思ったけど、よく見ると積み方は乱雑だし足の折れた椅子や机もあったりして、どうやら古い家具だけ集めているらしい。
ボクはライセルノにたずねた。
「君たちが把握している情報で《帝国》軍の先鋒はどこまで来てるの?」
「最初に到着するのは《長老樹の街》の領主であるハイデルヒ卿の軍だろう。すでに傭兵隊長ヴィルドットの傭兵団と合流して南下中だが、途中の《二叉樫の村》などで略奪をしながらだとすれば早くて明後日と見込んでいる」
ライセルノは答えて言う。もちろん情報源は《共和国》だろう。
「《帝国》の諸侯や傭兵団は南部、中部、北部の三つの集団に分けられて、それぞれ集結地が指定されている。このうち南部の集団は《南麓の街》が集結地だったが、領主であるイスリット卿が兵士の街への立ち入りを拒否することを宣言した。味方の街や村からでも容赦なく金や食糧を奪う傭兵団を警戒したのだろうが、そのため南部の集団はバラバラにこちらへ向かって来ることになった。途中の村での略奪も早い者勝ちだ」
「出だしから統制がとれてない感じだね。《帝国》軍の総指揮官は誰なの? 《皇帝》?」
「今回は《皇太子》らしいがもちろん建前で、実際はいつも通りラプセン《銀髯公》が全て仕切るだろう。あとは例によって気まぐれな《皇帝》も近衛兵を引き連れて参陣するかもしれない。安全な最後方から観戦するだけだろうけど」
「《共和国》から君たちへの援軍は? リット卿だけということはないよね?」
「そう願いたいけどまだ具体的には何も。こちらも《帝国》軍の襲来は昨夜知らされたばかりだ。《共和国》自身はもう少し早く把握していたと思うんだが」
ライセルノが冷静に言って、ボクはうなずく。
「《眉無し》のノアルドが《帝国》軍に動員がかかったのを知って馬を飛ばして知らせて来たのが、きのうの夜だ。評判高い《共和国》の諜報網なら、それより前に《帝国》軍が動きだす兆候を察知しただろう。リット卿の件もあるし、つかんだ情報を何でも共有してくれるほど《共和国》が親切とは思わないほうがいいね」
そのとき、ゆるやかに曲がっている道の先から幌馬車が走って来た。全部で三台連なり、護衛を四騎従えている。
先頭の幌馬車には今朝、東門の前で見かけた交易商人の主人が御者と並んで乗っていた。彼はこちらに気づき、声を張り上げた。
「止まりなさーいっ!」
先頭の御者が手綱を操って馬車を止め、後続の幌馬車もそれに倣った。もちろん護衛たちも馬を止まらせる。
交易商人の主人はライセルノに、にんまりと笑いかけてきた。
「ご機嫌よう、ライセルノ坊ちゃん。現金商売の約束のはずが硝子細工を持ち帰るハメになりましたぞ。馬車で運ぶには慎重な荷造りが必要で、いままでかかってしまいましたが」
「この街からの硝子細工の出荷はしばらく止まります。大事に扱ってやってください」
足を止めたライセルノが微笑むと、交易商人の主人は大仰に両手を広げ、
「もちろんですとも。こちらの持ち込んだ商品と手持ちの現金全てと引き換えですから、とりわけ出来の良い品を選ばせて頂きましたぞ。積み荷を全て割れ物に換えるような危ない取引は普段はしないのですが」
「でも無事に持ち帰れば大儲けですよ。あいにくと織物や革細工はこれから街でも入り用なんです。何かしらの使い道はありますからね」
「そうでしょうとも。それではアルスタスによろしく」
ライセルノに会釈して、出発を指示しようと片手を上げた交易商人の主人に、ボクは声をかけた。
「今朝は護衛の騎兵を五人連れていたはずだけど、ひとりどうしたの?」
「おや、東門の前にいらした冒険者の方ですかな?」
交易商人の主人は苦笑いして、
「彼女は生まれ故郷であるこの街に残りました。大事な護衛なので引き留めましたが本人の意志が固かったのです」
「そっか。ありがとう。お気をつけて」
「はい、《韻紋遣い》のお嬢さんも」
交易商人の主人は手を振り下ろして御者に指示を出し、幌馬車と護衛たちは進み始めた。
ライセルノとボクも彼らとすれ違い、再び歩きだす。
ボクは言った。
「いまの商人のヒトには《帝国》軍が来ることを伝えたんだね」
「街の様子で向こうが勘づいたんだ。彼──ロライオは父の昔なじみで隠し通すこともできなかった」
「巡礼たちには何も伝えずに街の外に出したようだけど」
「余計な騒ぎにしたくなかった。せっかく街の住民たちが落ち着いて対処してくれているのに」
「確かにみんな自分の役目に徹しているようだ。以前から敵に攻められたときの対応は決まっていたのかな」
「《帝国》が攻めて来たときと《聖庁》軍に攻撃されたとき、それぞれ対処を取り決めてあった。街の外に避難させる者、市壁の守備に当たる者、武器や防具の修理と補充、怪我人の手当て、炊き出しなど後方支援に当たる者の名簿も毎年見直してね」
「君たちもここ三十年の平和に安穏としていたわけじゃないんだね。《帝国》出身者を人質にとるのも決まっていたこと? 《帝国》領の街や村から来た巡礼たちがどこかへ連れて行かれたようだって話を聞いたよ?」
ボクがたずねると、ライセルノは眉をしかめた。
「父は反対したんだ。《帝国》軍を相手に庶民の巡礼なんて人質の役に立たないと。連中は構わず攻撃して来るだろうし、それで評判を落とすのは人質をとったこちらの側だ。貴重な食糧をいくらか分け与えなければならないし、監視の人手も必要だ」
「それでもタダで解放しようと思えるほどには、みんな割り切れなかったんだね」
「そういうことだろうな。ニンゲンの感情ってヤツは厄介だ」
ライセルノは言って、首を振った。




