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龍とニャンコと韻紋遣い  作者: 白紙撤回
第一章   ふさふさしっぽはご自慢なのだ(だってニャンコだもの)
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 石棺せきかんの中に《韻紋遣い》の「成れの果て」が横たわっていた。

《韻紋》が刻まれていなかったであろう頭部は、くすんだ金色の毛髪を残しながらほぼ髑髏がいこつと化している。

 しかし首から下はしなびて灰褐色に変じてはいるけど皮膚が残り、そこに刻まれた《韻紋》がいまだ魔力を保って、ちらちらときらめいている。

《韻紋遣い》はしかばねとなっても《韻紋》だけが「生き」続けることがあるのだ。

 ただし胸の真ん中──心臓のあたり──に刻まれた《紋》は魔力を喪失して「死んで」いた。周囲の《韻紋》が「生きて」いるのでその部分の皮膚も完全には朽ち果てず、黒く変色しながらも辛うじて《韻紋》が読み取れる状態で残っていたけど。

 

「間違いないね。本物の《装龍紋》──《灼銅龍》の《紋》だよ」

 

 ボクが言うと、パキャリョレはうなずいた。

 

「ソウカ。ナゼコノ《紋》ダケ『死ンデ』イル?」

「それはわからない。でも、きっと遣い手の彼が亡くなる直前に《装龍紋》を発動させて、それで魔力を使い果たしたんだと思う。ほかの《韻紋》は使われずに魔力が残ったんだろう」

 

 そこは《蜥蜴人》たちの《聖地》だった。

 一族の功労者だけが死後の眠りを許される墳墓であった。

 山中の岩塊に生じた亀裂の上に別の岩が載って蓋がされ、横から出入りのできる洞窟のようになっている。

 幅はヒトふたりが横並びで両手を広げたほど。奥行きはどのくらいだろう、奥から順に石棺を三十ばかり並べてあるけど、まだあと倍以上の数を並べられそうだ。

 パキャリョレとボクが松明たいまつを手に覗き込んでいる石棺は奥から四番目にあった。そこに眠るのは見ての通りのニンゲンだけど、《蜥蜴人》にとっては一族の功労者のひとりとみなされている。

 ドゥレニフスという名で伝わるこのニンゲンは遥か昔、《蜥蜴人》とニンゲンとの戦争が起きたときに、どういう経緯でか《蜥蜴人》の味方につき、我が身に刻んだ《装龍紋》で《龍》の化身となってニンゲン側の軍勢を打ち破ったというのだ。

 でもパキャリョレはその伝承に疑問を持っている。《蜥蜴人》は一族の英雄たちの物語を歌として伝える習慣があるけど、ドゥレニフスにまつわる歌は「《龍》の化身となり、敵を打ち破った」という華々しい活躍の割には短くて簡潔すぎるから、らしい。

 実際のところは何であれ、この場所に葬られるだけの理由はあったはずだけど、パキャリョレにはニンゲンごときが《聖地》で眠ること自体が許せないようだ。

 そんなパキャリョレはもちろん《蜥蜴人》だった。しかし異種族嫌いの彼らの一族には珍しく、ニンゲンたち(それにいくらかは《獣人》)の暮らす街に来て冒険者をやっていた。

 肌は濃緑色の細かい鱗に覆われているけど体型はニンゲンの男性と変わらない。顔はもちろん蜥蜴トカゲだけど整った造形で、よほど爬虫類が苦手でなければ嫌悪感を催すほどではないたろう。

 胴回りを覆うはがねの防具を着けているけど《蜥蜴人》の強靱きょうじんな肌はそれ自体が並みの刀剣など受けつけないし、種族の特性として魔法攻撃への耐性も高い。そのかたさを活かして得意な戦闘方法は肉弾戦で、冒険者としてはかなり頼れる仲間になってくれる。

 ボクも何度か彼と一緒に冒険の旅をして、そして誘われたのである。

 彼ら一族の《聖地》にある《装龍紋》の遣い手の墓を暴かないかと。

 パキャリョレは《聖地》に唯一眠るニンゲンが本当に《装龍紋》の遣い手であったのかを知りたがっていた。彼に《装龍紋》がなければ伝承は誤りということになる。

《装龍紋》を発動させる以外の方法でニンゲン側の軍勢を撃退したのかもしれないけど、《蜥蜴人》にとって《龍》は神聖な存在であり、《装龍紋》を持たなかったニンゲンなら《聖地》に葬るほどのことはなかろうというのがパキャリョレの言い分だ。

 パキャリョレは《蜥蜴人》の族長の息子で次代の族長になることが決まっているという。伝承に誤りがあるなら、彼が族長になったあとはニンゲンの墓を《聖地》の外に移したいそうだ。

 

「《韻紋遣イ》ガ死ネバ、使ワレナカッタ《紋》ハ、イツマデモコノママカ?」

 

 パキャリョレがたずねて、ボクは答える。

 

「意図的に《紋》を傷つけたり、死体を焼いたりしない限りはね。放っておいても実害はないけど。遣い手が死んだ状態で暴発することはないから」

「……ソウカ」

 

 パキャリョレはうなずき、そして押し黙る。

 それきり彼が何も言わないので、ボクはため息をついた。やれやれ。

 

「みんなにはあまり話してないけど、ボクはちょっと特殊な《韻紋》を刻んでいるんだ」

 

 ボクは言った。

 

「心の中の全てがわかるとは言わないけど、ほかのヒトの感情を読みとることができる。好意、敵意、尊敬、軽蔑、愛情、嫌悪。さて、君は困惑してきたね、パキャリョレ。このケモノモドキは何を言い出したのだろうかと」

 

 パキャリョレは金色の眼で無表情にボクを見ているけど、内心の動揺がボクには感じとれる。

 

「《蜥蜴人》は敵対的な魔法に強い耐性を持つけど、ボクのこの術には通じないよ。君はボク個人を嫌っているわけではないし、冒険者仲間とのつき合いもそれなりにたのしんでくれていた。だからボクも君がどこかで考え直してくれないかと願っていたんだけど」

「オレハ、ツルツルシタニンゲンガ嫌イダ」

 

 パキャリョレは言った。

 

「ケムクジャラノ《獣人》モ嫌イダ。オマエハ、ソノドチラデモアル」

 

 墓所の入口にヒトの影が現れた。五、六、七……か。いずれも《蜥蜴人》で、片手に剣や手斧や棍棒を携え、もう一方の手には松明を掲げている。

 パキャリョレはそちらを見やり、声を張り上げた。 

 

「墓荒ラシダ! ケモノモドキガ我々ノ《聖地》ヲ荒ラシテイルゾ!」

「オオッ! 狩ッテヤレ! 生キタママ皮ヲイデヤレ!」

「ソノアトハ塩ヲマブシテ吊ルシテヤレ!」

 

 入口に現れた《蜥蜴人》が叫び返し、どやどやと《聖地》に踏み込んで来る。 

 パキャリョレはボクに視線を戻し、にたあっと歪んだ笑みを見せた。

 

「オマエハ相当ノ《韻紋遣イ》ダガ、魔法耐性ニ優レタ我々《蜥蜴人》ガコレダケノ数イテ、ドウ戦ウ?」

「君は《蜥蜴人》特有の異種族嫌いを口実に自分を正当化してるけど、本心はとっくに見抜いてるよ。《装龍紋》が本物とわかればボクは用無しってことだろう?」

 

 ボクは言った。

 

「君は《装龍紋》を独り占めしたいんだ。このちょっとした冒険の報酬としてボクに《紋》の写しをとらせるよりも、ほかの誰も知らない《禁呪》という触れ込みのほうが高く売れると考えたんだ」

 

 にっこりとして、ダメを押してやる。

 

「君はただの強欲なクズ野郎だ、パキャリョレ」

 

 ドゥレニフスが眠る石棺「以外」の全ての石棺が、ごとりと音を立てた。

 ごとごと、ごと……と続けざまに音がして、パキャリョレが驚きに眼を──いや、爬虫類ならではの縦に裂けた瞳孔を──丸くする。

 そして石棺の蓋がそれぞれ、ゆっくりと持ち上がり始めた。まるで中から誰かが押し上げているように。

 パキャリョレが驚愕きょうがくと憎悪の入り混じった感情をボクに向けながら問うた。いくらかでも冒険者としての経験がある彼は、その答えを知っているはずだけど。

 

「貴様、何ヲシタ……?」

「ボクは敵と認めた相手にはいくらでも性格が悪くなれるんだ。だから普段は使わない外道げどうな術を発動させてもらった」

 

 くすくすと笑ってボクは答えた。

 

「冒険の仲間を裏切ったことについて、ご先祖様たちの前で申し開きをしてごらん?」

 

 石棺の蓋が跳ね飛ばされ、あるいは払いのけられた。

《聖地》に眠っていた《蜥蜴人》の歴代の英雄たちが、もの言わぬむくろの姿で目覚め、立ち上がった。

《蜥蜴人》って頑丈だから、遺体も焼くか土にそのまま埋めない限り原型を留めているんだよね。石棺の中で眠ってたから、みんな綺麗なもんだよ。

 こちらに向かって来ようとした《蜥蜴人》たちが足を止めた。

 

「《三本角サンボンヅノ》ノ、グリュリュク……」

「《金色鱗コンジキウロコ》ノ、イピラットニョ……歌ノ通リノ姿ダ……」

「《双瘤フタツコブ》、《逆牙サカサキバ》、《縦眼タテメ》……物語ノ英雄タチガナゼ……」

 

 そこでボクは《蜥蜴人》族の古代語を使って呼びかけた。

 

『パキャリョレコソガ裏切リ者ナリ! ドゥレニフスノ墓ヲ暴イテ《韻紋》ノ写シヲニンゲンドモニ売ロウトシタノダ! イニシエノ英雄タチニヨル裁キガ下サレヨウゾ!』

 

 立ち止まっていた《蜥蜴人》たちは顔を見合わせ、

 

「……ウ、ウワァァァァァ!」

「……オ、オレタチハ何モ知ラナイ!」

 

 誰からともなく悲鳴を上げて逃げ出した。

 

「マ……待テ! 魔法デ死体ヲ操ッテイルノダ! 惑ワサレルナ!」

 

 パキャリョレが呼び止めようとしたけど誰も聞く耳は持たず、たちまち《聖地》の外へ走り去った。

 彼らも死霊術という外道な魔法の存在を知らないわけではないだろう。しかしパキャリョレに加担してドゥレニフスの《装龍紋》の写しをニンゲンに売り払うことの後ろめたさが、英雄たちがよみがえって彼らを裁きに来たのだと錯覚させたのだ。《聖地》を荒らしたのは彼ら自身も同じなのだから。

《蜥蜴人》が死ねば魔法耐性を喪うことはわかっていたけど、死霊術の効果覿面こうかてきめんである。

 ボクは、くすくすと笑ってしまう。

 

「君たちにまだ古代語が通じてよかった。いまどきの若い《蜥蜴人》はニンゲンが作る酒や嗜好品を手に入れるための勉強のつもりか普段からニンゲンの言葉しか使わないようになっていたからね」

「貴様ハナゼ我ラノ古キ言葉ヲ話セルノダ!」

 

 愕然がくぜんとしているパキャリョレに、ボクは片眼をつむってみせ、

 

「君たちは魔法耐性に自惚うぬぼれてすっかり不勉強になったけど、ご先祖様には優れた魔道士もいたんだよ。彼らの記した魔道書は本来、門外不出だったはずだけど、不心得な子孫の誰かがニンゲンに売り払ってお金に換えたんだろう。その何冊かをボクは手に入れて、《蜥蜴人》族の古代語を研究して読み解いたんだ。参考資料もロクになくて苦労したけど成果はあったよ。感情を読みとる魔法はその一つさ。もとは《蜥蜴人》の魔法医が重傷者や幼児など言葉で意思疎通できない患者の診断のために編み出したもので、敵対性がないから同族にも当然有効なんだ」

 

 ゆらり……と、ドゥレニフスのむくろが立ち上がった。

 ぎょっと眼を剥いて振り向いたパキャリョレの首につかみかかり、両手で締め上げる。

 

「ヤメロ! 放セ! ニンゲンメ!」

 

 パキャリョレはドゥレニフスの手を剥がそうとするけど、もの言わぬ骸は《蜥蜴人》の次期族長の首を、ぎりぎりと締めていく。

 ボクはパキャリョレに告げた。

 

「《蜥蜴人》も同族の間で争いが起きるのはニンゲンやボクたち《獣人》と変わらない。だから攻撃魔法の効きづらい敵への対抗策を君たちのご先祖様は研究した。そして完成したのが自分自身も含めた味方の肉体を強化して物理的な攻撃力を高める魔法だ」

「グッ、ゲ……ェ……!」

 

 パキャリョレは眼球が飛び出しそうな顔であえぐけど、もはや声も出ない。その首にドゥレニフスの指がめり込んでいく。

 

「ドゥレニフスもボクもそれを《韻紋》として我が身に刻んでいる。ボクは魔道書で学んだけど、ドゥレニフスは同じ時代を生きていた《蜥蜴人》の魔道士に直接弟子入りしたんだろう。肉体強化以外にも、ボクが知る限りで現存する魔道書に記されていない魔法をいくつか《韻紋》としてドゥレニフスは刻んでいるね」

「…………!」

 

 残念ながらパキャリョレの耳にボクの言葉は届いていないようだ。彼の心を染めるのはボクへの憎悪と絶望だけ。

 それでもボクは裏切り者の《蜥蜴人》に告げておきたかった。

 

「ドゥレニフスは、やはりこの《聖地》に眠るのがふさわしいと思う。彼と君たちのご先祖様との間には尊敬と友情が確実に存在した。君との間にそういう関係を築けなかったことがボクは残念だよ、パキャリョレ」

「…………! …………!」

 

 ごづっと鈍い音がして、パキャリョレの首が、ぐにゃりと前に傾いた。絶望の表情を凍りつかせた顔が伏せられて、両腕は力を喪い、だらりと身体の左右に垂れる。

 首の骨が折れたのだ。《蜥蜴人》は頑丈ではあるけど身体の基本的な仕組みはニンゲンと変わらない。攻撃側が肉体強化の魔法を有効に使えば致命傷を与えることができる。

 そして死霊術で操っていたドゥレニフスの肉体強化の術は彼自身の《韻紋》に蓄積された魔力が尽きた。緩んだその手から滑り落ちるようにして、パキャリョレは地に膝をつき、ドゥレニフスに前のめりにもたれかかる。

 ニンゲンごときに寄りかかる格好になるなんてパキャリョレには不本意だろう。だからドゥレニフスを操り、パキャリョレを押しのけた。《韻紋》を写す邪魔になるし。

 あとで《聖地》の外に埋めてやろう。死霊術でパキャリョレ自身に穴を掘らせて。

 

「さて、ドゥレニフス殿」

 

 ほぼ骸骨と化しているドゥレニフスの顔を見て、ボクは呼びかけた。

 

「眠りを妨げてしまって申し訳ないけど、あなたほどの《韻紋遣い》なら理解してくれると思う。あなたがその身に刻んだ《装龍紋》と《蜥蜴人》の古代魔法は、このまま埋もれさせてしまうのはあまりに惜しい。だからボクが写しをとらせてもらう」

 

 もちろんドゥレニフスは答えない。死霊術で操った死体は言葉を発することはない。ボクも答えは求めていない。

 でも、わざわざ《蜥蜴人》の居留地を訪ねて来て、手ぶらで帰ることはボクとしてはあり得ない。

 足元に転がしておいた雑嚢から羊皮紙と硬筆、それに墨壺すみつぼを取り出す。

 ボクは羊皮紙を地面に広げ、ドゥレニフスの骸に刻まれた《装龍紋》を描き写した。

 

 

 


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