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龍とニャンコと韻紋遣い  作者: 白紙撤回
第七章   ニャンコの手はタダでは貸さないのだ(適正価格でご提供するのだ)
29/33

7 - 4

 

 

 

 門は相変わらずヒトひとりが通れる幅しか開いていないので街を去る旅人の行列はしばらく続き、それが途切れたところでアルスタス・ボンフォルシオ司法委員長を呼びに行ったはずの衛兵が出て来た。

 だが一緒に連れているのはアルスタスではなく、ボクにとっては因縁の相手だった。

 アイバフさんの店で汁かけ麺を食べるのを邪魔してくれた若造のひとりのオシャレ君(仮名)である。小生意気にも革の軽装鎧など着けて一端いっぱしの戦士気どりだ。

 そして腹立たしいことに彼は自分の所業を忘れたのか、気安くボクに笑いかけてきた。

 

「《獣人》の《韻紋遣い》が父に会いに来たと聞いたけど、やはり君だったか」

 

 そう、アルスタス・ボンフォルシオ司法委員長殿は、このオシャレ君とよく似た面影があった。父子おやこか近い親戚だろうとは思ったのである。彼らは揃って宝飾品で身を飾り立て、いまもオシャレ君は戦士を気どりつつも指輪や首飾りをいくつも身に着けている。

 

「ボクは街にとって重要な情報を伝えに来たのだけど、アルスタスさんのところに君が案内してくれるの?」

 

 ボクが言うと、オシャレ君は微笑みながら、

 

「まず僕が話を聞いて、必要なら父に取り継ぐ。お互いにとって本当に重要な話なら《金獅子》本人が伝えに来るだろう?」

「ボクたち冒険者にとってよりも、街にとってのほうがもっと重要だろうと思ってボクが伝えに来たんだ」

「なるほど。では、歩きながら話をしようか」

 

 くいっと街のほうを顎で指し示し、オシャレ君は先に立って門をくぐった。

 そのあとに続こうとするボクに、ロレイシアが声をかけて来る。

 

「フェルにゃん、無茶はしないでよ」

「自重します、できるだけ」

 

 にっこりと笑って答え、ボクは街に入った。うーん、何か無茶をしそうに思われてるのかなあ。

 門の内側にも衛兵が十人ばかりいたけど、通りにはほかにヒトの姿がない。しかし工房からは盛んに槌音が響き、作業に追われる職人たちの様子がうかがえる。武器や防具そのほか街の防衛に必要な資材の準備だろう。

 オシャレ君は街の中心部へ向かうようだ。先を歩きながら、ボクを振り返って言った。

 

「ライセルノ・ボンフォルシオだ。いまは司法委員長補佐官ということになっている。君はフェルシェット=フェルシャだね? 《獣人》の《韻紋遣い》ということで知られた名前だ」

「そりゃどうも」

 

 肩をすくめるボクに、ライセルノは苦笑いして、

 

「きのうのことは謝りたい。友人たちが失礼な真似をした」

「君もだよ」

「まあ、うん、ボクもその仲間として扱われても仕方がない」

「わかってないようだね。君が本心では《獣人》をドブネズミ並みに見下みくだしていることをボクは知ってるんだ。心の中を全て読めるとは言わないけど、相手の感情を見分けられる《韻紋》をボクは刻んでいる」

 

 ボクは、きっぱりと言ってやる。

 

「その割にはボクを抱いてやってもいいなんて思っているのは、ボクが《獣人》にしては毛が薄くて見栄えがそれほどニンゲンのオンナと変わらないからだろうけど、おあいにく様。君はまったく《獣人》のメスの好みからは外れている」

「…………」

 

 ライセルノは眼をまん丸くしてから、ぷっと吹き出した。

 あはははと、声を上げて笑う。

 

「参ったね。本気で君に惚れちゃいそうだ。せめてもう少しマシな出会い方をしたかった」

呑気のんきなヤツだね。ボクは君たちには良くない知らせを伝えに来たのに」

 

 ボクがあきれて言うと、ライセルノは苦笑いでうなずき、

 

「そうだったね。いったい何だい? 街の防衛計画の検討で忙しい父をわずらわせるほどのことかな?」

「レナンツ・リット卿が《聖庁》軍の総司令官に任命された。《落果樹の街》に《聖主》様の日輪の旗が掲げられているのを見て来たヒトがいる。きのうの夕方時点の話だ」

 

 ボクが言うと、ライセルノの顔から表情が消えた。

 声を抑えて、言った。

 

「……話の出どころは?」

「《常氷樹の街》の商業組合のホノセルナン理事長は知ってる?」

「ひと月前に街を訪ねて来て、こちらの理事長の屋敷で歓迎のうたげを開いた。《聖都》への巡礼の途中で立ち寄ったそうだ」

「その帰り道に《落果樹の街》で護衛の傭兵に逃げられたらしい。高額の俸給で兵を集めているリット傭兵団に引き抜かれたんだ。問題は、きのうの夕方の話なら《共和国》も把握しているだろうに、どうしてこの街に知らせて来ないのか。それ以前にリット卿が《聖庁》に接近している動きも察知していたんじゃないのか」

「ホノセルナン理事長と話したい。君たち冒険者の酒場にいるのか?」

「《巨巌》のルスタルシュトの甥っ子で《眉無し》のノアルドという北方出身の冒険者が護衛について、さっき出発した」

 

 ノアルドは違う通り名を言っていた気もしたけど、こちらの地方で有名になりたいなら覚えてもらいやすいほうがいいだろう。ボクも頑張って《眉無し》の名を広めてあげよう。

 ライセルノが真顔でボクを見つめて、

 

「いまから僕を連れて追いかけられるか? もちろん冒険者への依頼として、報酬は言い値で支払う」

「《帝国》軍との交渉の仲介をホノセルナンに頼みたいなら無理だと思う。ルスタルシュトが念のためホノセルナンにたずねたんだ。《双塔の街》につき合いのある商人仲間はいないのか、彼らのために何かするつもりはあるかと」

「彼は何と答えたんだ?」

「深いつき合いの相手はいない。この街が《帝国》領になれば、我が商館も支店を置かせてもらおうってさ」

「……父に報告しよう。一緒に来てほしい」

 

 ライセルノが言って、ボクはうなずいた。

 

「わかった」

 

 

 


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